■擬似告白
異国の風が獄寺の銀髪を掻きあげた。
中学生のころから癖を強くしたその跳ね方は彼が慕う白スーツの男を思い出させた。
高校を卒業してイタリアへ渡って2年が過ぎた成人の年、山本は報われない自らの心に終止符を打つことを決める。
書類に埋もれる頭脳派の右腕はここ一週間本部に泊まり込みで彼との家には帰っていないらしい。
一週間離れただけで彼らの絆がなくなるわけではない事はよく知っていたが、獄寺から放たれるあの男の香りが少ない時を選んだのは弱い自分への防御策。
獄寺が好きな珈琲を彼の部下から奪い、重厚な扉をノックすれば冷静な嵐の言葉が返る。
「入れ」
すっかり板についたデスクワークに出会ったころの暴風はどこに置いてきてしまったのか。
彼自身が前線へとでる事が少なくなったのと比例して、男に教えてもらったダイナマイトを使うことも少なくなった。
しかし、一度使えば「常に攻撃の核となり休むことのない怒濤の嵐」を体現するかのように通り過ぎる道という道を破壊して全てを無に帰す。
そこまで獄寺がしなければいけないという時も今では珍しいのだが。
山本は出来る限りの笑顔を張りつかせて書類から顔を上げようとしない獄寺に声をかける。
「よう獄寺、ちょっと息抜きしなよ」
長い時を共有した守護者の声に今まで眉間に寄せていた皺を少しだけ緩めて、山本へと向けた碧はあまりに邪がなくて、少しだけ戸惑う。
細いフレームの眼鏡をとれば、憎まれ口を叩きながらも山本の持ってきたコーヒーを旨そうにすする。
「そんな根詰めてたら倒れるのなー」
「うるせぇ…、あと少しで完成するからいいんだ」
山本と話しながらも休まることがない手に苦い笑いを贈る。
少しだけやつれた顔も、光が射すことによって作られた影も、すべてが目の前の獄寺を綺麗にうつす。
空は快晴。
沢田がボンゴレを正式に継いだその日のように。
終焉にはふさわしい日だと思った。
「なあ、獄寺」
せっぱつまった声を出せば、ペンを動かす手をとめて山本へと向きなおる獄寺に
この数年の想いが胸の奥から湧き上がる。
「おれ、お前の事…」
しかし、その後の言葉を紡ぐ事は阻まれる。
ノックもなしに執務室の扉を開く、白いスーツの男によって。
「ほら隼人、お前が忘れていった書類だ…て、雨の坊主、お前もいたのか」
「…お久しぶりです、ドクター」
その瞳とかちあった時、勝負はもうついていた。
先ほどまで出ていた言葉はもう、空の彼方へと飛んで行ってしまった。
「おう、ありがとなシャマル。で、山本。なんだって?」
「いや…なんでもないのな!俺も仕事に戻るのな!」
必死に作った笑顔の向こう側で、ドクターが黒い笑みを浮かべているのを山本は確かにみた。
張り付いた笑顔のままで先ほど入ってきた扉を再びくぐった。
自らの背中に張り付くふたりの淡い空気を振り払うように、出来るだけ早く。
迂闊だった。
彼は、獄寺を独占していた。
憧れも、敬愛も、愛情も、その全てを。
だからこそ、山本が告白することで少しでも獄寺の意識が山本へ向うのが嫌だったのだろう。
けして、獄寺が山本になびくなどとは考えていないけれども、その一瞬だけでも山本を考えることが、嫌なのだ。
底しれない独占欲と、過保護すぎる愛を見せつけられた。
「あー…くそっ」
悔しいと思いながらも、この感情を捨てなくてよかったと安堵している自分に更に腹がたつ。
まだ、獄寺を好きでいられる事に、幸福を感じた自分に。
好きだ、と言ってしまえば楽になる事は知っていたけれども、山本はそれを飲み込むことで得られる幸福に瞼を閉じた。
2008/12/04