■晩餐会


馴染みの店で、用意された椅子に座ると一番いいワインを頼む。
それがこの3か月に一度の恒例になったのはこの5年くらいだろうか。
先にくるのは決まって獄寺で、向かいの席に座る人間はいつ現れるかすら予想がつかない。
しかし、いつも自分がきてから数分でくる彼のために先にコースの注文だけ済ませておく。
それが、この席に座った時の獄寺の仕事。

「久しぶりだな、獄寺」

ウェイターに一通り頼んで一息ついた刹那、音もなく彼は向かいの席へと座っていた。
いつもながら奇術のようだと笑った獄寺は丁寧に頭を下げる。

「お久しぶりです、リボーンさん」

すでにボンゴレ10代目となった沢田の家庭教師ではなくなったリボーンは、アルコバレーノの呪いを解くために活動していると聞く。
しかし、度々イタリアと日本にあるボンゴレの基地に顔を出しては沢田に喝をいれたり守護者をからかったりして息抜きをしている。
今だ初めて会った時と同じ赤ん坊の姿をしたリボーンだが、実年齢は飲酒も喫煙も遥か昔に許されている歳だと獄寺は何かの時に聞かされた。
持ってこられたワインのラベルを満足そうに見た後、コルクを抜く。
獄寺が頼んでリボーンが開ける、この無言の空間は何かの儀式のような空気が流れていた。
血の色に似た赤をグラスに注げば、チン、と淵を合せる。
乾杯などではない。
これは、自分たちの後に倒れている屍へのたむけ。
ボンゴレの繁栄のために流れた血への懺悔。

「この3カ月はどうだった」

なにもかも知っている癖に獄寺の口から報告を聞きたがるリボーンに丁寧に答える。

「特に変わりはありませんが、今は山本がヴァリアーのスクアーロの元で第3の修行中です」

剣士の絆は銃を使う者とは違って刀を時々交えなければいけないようです、と冗談めいて報告した獄寺にリボーンは笑う。

「あとは、キャバッローネの跳ね馬と共同戦線を雲雀に組ませました」

一時は師弟関係の線を結んだふたりだったから、任務事態はすんなりと片付いたようだったが、雲雀の一方的な嫌悪により空気は最悪だったと聞く。
いまだ完膚なきまでに負かした事がない跳ね馬にいらだちを抱えている雲雀が素直にその任務についたことに驚きを感じたリボーンだったが、目の前の獄寺に関しては雲雀が頷かないわけがないと納得の息をつく。

「ヒバリといい、あの野郎といい、お前にめっぽう甘いからな」

自覚があるのか、獄寺は眉をよせて笑った後、少し前までは見せることがなかったずるい光を緑に映す。

「だからこそ、貴方が厳しくしてくれてたんでしょう?」

丸い瞳に驚きをうつせば、目の前の獄寺は綺麗に笑った。
かつての教え子が叫んだ言葉が脳内でリフレインする。

『リボーンは獄寺くんに冷たすぎだよっ』

冷たいのではない、これが、この世界の温度だった。
ファミリーのボスという立場に就くべく沢田に泥臭い世界をみせないように。
一般人である状態から仲間となる山本に暗い部分がみえないように。
彼らがまっすぐ、進めるように。
中学生のころから獄寺はマフィアの仕事をこなしてきた。
その手を真紅に染めあげて、沸き上がる嗚咽を殺して、沢田の右に立つために。
そのためにリボーンは誰よりも厳しく獄寺を躾けてきた。
それをまさか悟られているとは気付いていなかったが。

「ああ、それに気づくとは流石獄寺だな」
「感謝しています、リボーンさん」

そうでなければ獄寺はこの世界で生きていけなかった。
それは誰よりも獄寺自身がわかる真実。

「甘いのはヒバリとお前の隣にいる医者だけで充分だ」
「その医者は俺のためだけにボンゴレ専門医師になりましたからね」

本人は否定をしているけれども、天才の名を欲しいままにした闇医者が本部に腰を据えたのは、間違いなく獄寺のためで。
リボーンの目の前にいる彼は幼いころから憧れているその医者の姿を綺麗に真似て微笑んだ。
その小指に光った銀は昔から変わらない中のひとつで。

「これからも、俺はお前には特に厳しくしていくからな」
「ええ、心得ています」

リボーンの言葉はそれだけ大きな期待と信頼を獄寺へ向けている証拠。
再び傾けたグラスの中で赤が弾けた。


2008/09/06


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