■隣
「おはようございます10代目っ」
獄寺くんの声が朝の並盛に響く。
いつも笑顔で俺に挨拶してくれる獄寺くんだけど、今日は少し眠そうだった。
もともと低血圧なのもあるのだろう。
ふあ、と可愛い欠伸をひとつして俺と同じ調子で歩く。
「昨日あんま寝てないの?」
「はあ、ちょっと用事が立て込んでまして…」
すいません、と深々と頭を下げた獄寺くんに慌てて繕うように俺は言葉を繋げる。
「そんな、謝らないでよっ」
こうやって普通の友人のように隣に居てくれることが嬉しいんだ、なんて恥ずかしいけど思う。
いつも俺の前では笑ってて、忠犬みたいに尻尾振って
それは、俺が10代目だからじゃないのかなって思っていたから。
いままで友達がいなかった俺にとって、獄寺くんは初めて隣にいてくれた人だったから。
気を使われすぎるのは嫌だった。
だから俺の前でも欠伸が出るなんて、少しは俺の隣が安心出来る場所ように思えて嬉しいんだ。
いつもよりも口数少なく、でも俺は満足感に満たされてて校門をくぐる。
「おーい、隼人ー」
途端に獄寺くんの肩が跳ねる。
いままで半分しか開いていなかった瞼が嘘のように開いた。
微かに深呼吸をひとつして、呼ばれた方に向いた獄寺くんの先にはシャマルの姿。
「朝からなんだよ、シャマル」
俺の前とは違う「獄寺くん」になってシャマルへつっかかる。
口調は乱暴だけど、そこに浮ついた色が見える。
眉間の皺は深いけれど、紅潮する頬は隠せていない。
時々弛む口元にその言葉に隠された想いを知る。
「おまえ忘れ物」
一見子供をあやす様に獄寺くんの銀髪を撫ぜたシャマルも、その瞳に映した感情は違う。
それは師匠としての瞳じゃない。
過保護すぎる親の感情でもない。
忘れ物というシルバーアクセサリーを見せた時の瞳は。
「いっつもお前はなんか忘れるなー」
「うるせーよ、とっとと返せ」
憎まれ口を叩きながら、獄寺くんはひったくるようにその銀を取った。
一言、二言会話をして職員会議だからとあっさり去っていくシャマルを、獄寺くんが切なそうな瞳でみる。
今、獄寺くんの世界はあの人しかいないのだろう。
隣に「沢田綱吉」という友人がいても。
それが「ボンゴレ10代目」だとしても。
口ではそんな風に言いながらもいつもあの背中を追っている君だけはみたくなかった。
まるで子供じみた話だけど。
君の世界に俺が、山本が、仲間が居なくなるこの瞬間が嫌いだった。
「ほら、予鈴鳴っちゃったよ。早くいこうっ」
少しでもあがきたくて、俺は獄寺くんの手を引いてシャマルが消えたのと反対側の校舎へと走り出していた。
2009/03/12