■幸福論
煙草を買いにちょっとそこのコンビニに出ただけだったのに。
「なーんでお前は俺ん家の前で座ってんだ?」
寒空の下、どこにでもあるようなマンションの扉の前、銀が散らばる。
白いスーツが闇に映える。
獄寺はさっき買った煙草をこの男が帰ってくるのを待つために半分以上吸ったことを惜しむ。
「遅せーんだよっ、早く中入れろよっ」
ちょっとそこまで、のつもりだったから温かなコートなど着てきていない。
感覚のなくなった指先で鍵を受け取る。
「つか合鍵渡してあるんだから勝手に中入って待ってろよ」
風邪、ひくだろ?
恋人として心配しているのか、それとも子供扱いされているのか。
判断に苦しむような言葉を後につけた男よりも先に玄関に体を滑り込ませる。
勝手を知った他人の家。
自分の家よりもここで過ごすことの方が多いであろうこの部屋。
慣れた手つきで暖房を入れる。
スーツをハンガーにかける彼を尻目に、獄寺は勝手に珈琲を落としにかかる。
「シャマルー?今日はミルクは入れんのか?」
「んー…、そうだな」
いつもブラックで飲むそれに白を混ぜれば、柔らかい色に変わる。
ああ、これが見たかったのだ。
煙草を買いに歩いた夜道が何故か酷く寂しくて。
やけにこの男に会いたくなったのだ。
「あれ、めずらしーじゃねーか。ハヤトがミルクいれるなんて」
「…たまにはいーだろ」
ふたり分、その色を作った獄寺はラフな格好になったシャマルが座る隣に腰掛ける。
一方のマグカップを渡した後、甘えるように彼の肩に頭を付けた。
その頭を撫ぜる手は、幼い頃と変わらない。
温かな部屋。
湯気のたつ柔らかな珈琲。
隣の男。
全て自分が求めたもの。
それらが確かにそこにあるという幸せに。
獄寺は満足そうに微笑んだ。
2009/03/02