世界のすべてをあなたの手に。
6月の熱と湿気がこもった空気が揺らめく。
うだるような暑さの中、獄寺は次に起こる現象に息を飲んだ。
「お久しぶりです、獄寺隼人」
途端に空気が冷たく凍る。
たちこめた霧に身構える。
「なんの用だ、骸」
目の前に現れたのは捕らわれているはずの六道骸。
まだ「思い出」とは言い難い苦い記憶が蘇る。
クロームの体を媒体に何度か有幻覚として現れているのだが、それはすべてクロームが窮地に立たされた時に限る。
今、ここに彼が現れる必要性は皆無だ。
それとも、ただ獄寺が気付いていないだけだろうか?
「そんな警戒しないで下さい」
困ったように眉を下げた骸は、周囲の霧を自らの右手に集める。
そして、それはインディゴの薔薇へと姿を変えた。
不思議なものがお好きでしょう?
青い薔薇は人口的にしか作れない。
しかし、獄寺の目の前で彼はいとも簡単に空気よりそれを取り出した。
また、骸が見せる幻覚だろうか。
「いいえ、本物ですよ」
獄寺の心を読んだかのように、骸は否定を返す。
「これはフランスのある森でみつけたものですよ」
恐る恐る手を伸ばしてみる。
それは確かにそこにあり、甘い香りが獄寺の鼻をくすぐる。
自然と顔がほころんだ。
「さぁ獄寺隼人、ここからが本題です」
骸の声はやけに響く。
霧で周りが見えなくて、まるで世界にふたりきりになったような錯覚に陥る。
「これから一年かけて、僕はこの世界の不思議をあなたに与えましょう」
「決して退屈はさせません」
「そのかわり、約束していただきたい事があります」
脳が、心臓が、何故だか酷く五月蝿い。
この男を恐れているのか、否、そういう訳ではない。
その警鐘とは明らかに違う。
そんな獄寺を置き去りに、骸は続ける。
「世界のすべてをあなたに捧げましょう」
「だから、どうかあなたを僕に下さい」
「あなたの事をどうやら愛してしまったようです」
心臓を握り潰した音がした。
インディゴの薔薇よりも、目の前の男が持つ幻覚よりも、これから与えられる世界のすべてよりも、高鳴る自分の胸が一番不思議で仕方がなかった。
ブルーローズ(6月・六道骸)