■光の帝国
※去年の雲雀誕から8年後設定です。
左肩に一発、右脇腹に二発。
掠めた銃弾は皮膚を焼いて血を流す。
話が違うではないか。
苛立ちと痛みの中、雲雀は笑う。
学生時代から知っている彼も今では立派なボンゴレボスだ。
あの時は雲雀の姿を見て震えるだけだった彼の成長をこんな事で確認するなんて、どういう皮肉かと応急処置の止血をしながら思った。
「最近勢力を付けてきたファミリーなんですけどね、このままにしておくと財団にもボンゴレにも脅威になりそうなんです」
渡された資料には確かに雲雀も目を付けていた組織の名前。
いつか隙を見て潰そうとも考えていた。
しかし、それをこの男に言われるのは酷く癪だ。
「で、僕が君の依頼を受けるメリットなんてあるのかい?」
知らなかった情報は頭に叩き込んだ。
目の前にある紙は、ただのゴミになり変わる。
乱暴に空へと散らした向こう側で沢田は変わらない微笑みを見せた。
「恐らく、貴方の欲しかったものが手に入ると思いますよ」
断言は出来ませんが。
そんな曖昧な答えのせいで、雲雀は命を危険にさらしている。
欲しいものなどない。
組織も知恵も権力も、なにもかもが雲雀の手の中にある。
今の生活に満足していない訳でもない。
(沢田が言うからいけないんだ)
(沢田が言うから…少しだけ信じてしまったんだ)
シャツを破いて左腕に巻きつける。
口と右腕を使ってキツく絞めつけようとした瞬間、少しの間止んでいた銃声の嵐が再び始まる。
「ちっ…」
舌打ちをしても意味がない。
止血を後にしてトンファーを握る。
神経を瞳に集中して必死に弾を跳ね返す。
しかし、雲雀の居場所は相手に知られてしまっている。
このままでは頭を潰すよりも先に雲雀自身が失血死してしまう。
(一度出直すか…)
作戦の練り直しを考えた刹那、集中が途切れた。
その一瞬を見逃すような敵ではない。
確実に雲雀を狙った銃口が火を噴いた。
よけきれないと思った瞬間、ひとつのシールドが雲雀を庇う。
薄い膜を隔てて爆発した先に輝いたのは銀色。
「何やってんだよ、珍しい」
何ヶ月か振りに聞いた声は記憶のものと寸分の違いもなく、雲雀の感情を揺さぶる。
16のボックスの中からいくつかしか開匣していない彼は、遥か先に居る敵に愛用している銃を向ける。
「なあヒバリ、お前覚えてるか?」
一発、二発、三発。
彼が引き金を引く度に消えていく銃声の数。
その中で、雲雀は問いかけられる。
「何を?」
途中だった止血を完成させて、トンファーを握り直す。
万が一の時の為に持っている銃の残りの弾も確認した。
「8年前の今日、お前が俺に言った事」
そんな過去の事、雲雀が覚えている筈がない。
基本的に興味がある事以外に脳の容量を使わないのはどんな人間でも同じだろう。
だから雲雀も顔を顰めた。
仮に覚えていても今話題に出す事ではないだろう。
「覚えてる訳ないでしょ」
「だろうな」
苛立ちを露わにする雲雀に怯む事なく獄寺は笑う。
引き金を引く手は休まる事がない。
「お前、今日誕生日だろ?」
「ああ…そういえばそうだね」
忙しさから忘却していたが、確かに今日は雲雀の誕生日だった。
朝、草壁から控えめな祝いの言葉を貰った事は覚えていた。
しかし、獄寺に何を期待している訳もない。
だから雲雀は忘れていた。
銃声が止んだ。
獄寺と雲雀の瞳が混じり合う。
「だからお前にやるよ」
瞬間、唇に何かが触れた。
一瞬で離れたそれは、雲雀の思考を止める。
「8年前、命はお前にくれてやった」
「俺が今日まで生きてきたのはお前のせいだ」
「残りの人生も全部くれてやる」
雲雀の記憶は8年前に遡る。
路地裏でぼろぼろになっている獄寺を見つけた瞬間に。
水が零れるように、溢れた想いを口にしたあの時を。
『今日、僕の誕生日なんだ』
『だから、生きて』
獄寺は泣きそうに笑う。
「だから、生きて」
「ヒバリ」
不器用な二人の精一杯。
その背景にある想いは確かに恋だった。
敵の銃撃が始まる。
獄寺が応戦する。
雲雀が引き金を引いた。
初めて、死にたくないと思った。
「ねえ獄寺」
「んだよ」
「帰ったらさ、一緒に寝ようよ」
「そうだな、疲れちまったしな」
銃弾の嵐
土煙の中
8年越しの恋が咲いた。
2011/05/07