■暗号のワルツ


ボンゴレ10代目が殺された。
暗号化した文書が雲雀のもとに届けられた時、草壁はこの10年従った主がみせる初めての顔をみた。

「哲、携帯」

和服を着流す雲雀が馴れた手つきで帯をほどいて、振り向きもせずに側に従えていた草壁へと命令を下す。
着るのは面倒だが、一度着てしまえば体を動かすのもくつろぐのも楽に出来る日本古来からの服を脱いだ上司の行動に草壁はこれから彼がなにをしようとしているのかをいち早く察して、すでに懐から出しておいた携帯を軽快な返事と共に手渡す。
出来た部下に満足しながら、必要最低限の機能しかつけていない薄い銀のそれからその名前を探しだし、コール音を響かせる。
時間にして数秒のその間が永遠にも続くかのように思えた。
丁度6回のコールで聞きなれたその声が雲雀の耳に響く。

『よお、文書は届いたか?』

予想していたよりも落ち着いている彼の声にいささか不安に思いながら、雲雀はいつもの調子で言葉を返す。

「ああ、綱吉が殺されたみたいだね」

まるでなんでもないかのように言ってのけた雲雀だったが、彼にとってもボンゴレ10代目の死というのには焦燥感を駆り立てられた。
10年という時はよくも悪くも長かった。
ボンゴレ10代目を正式に継いだ沢田に興味が湧いて、自らの利益になる事にはふらりと現われて、ついでに戦いを挑んだこともあった。
召集がかかればあまり気は進まなかったがイタリアの本部にまで足を運んだりもした。
しかしそれは「ボンゴレ」が「沢田綱吉」が雲雀をかき立てたからだけではない。
この電波の向こう側にいる彼―いまではその望みを叶えて正式な「ボンゴレの右腕」になった獄寺隼人―まぎれもなく彼が雲雀をそこに留まらせていた。
10年前から雲雀の好奇心や闘争心をかき立てていた嵐の人物は、現在ではあの頃の暴風はどこへ置いてきたのか、冷静沈着で頭脳派のサポート役に徹底している。
どちらが彼にとって幸せなのかは知らない所だが、敬愛してやまないボンゴレ10代目の側で、その身を削れるという形は彼にとっては本望なのだろう。
それは10年前と変わらない盲目的な尊敬。
それを咎めるわけではないが、雲雀はそのせいで彼がいつも蔑ろにする事を知っていた。
敬愛する10代目が殺された刹那に彼の頭にはすでにこの作戦の全貌が描かれていたのだろう。
激怒とか、ふがいなさとか、悲しみとかの一切の自らの感情の前に。
常に自らの感情よりもボンゴレを優先してしまう右腕を甘やかしたくて、雲雀はここに留まっていた。
並盛の秩序とうたわれ、頂点に我がもの顔で君臨していた自分とのギャップに自嘲めいた笑いを贈る。
たったひとりのために、群れる事を嫌いな自分がその群れから抜け出せずにいた。
それでも、それをしたいと願った事実に。
それをさせている嵐の彼に。

『でな、お前に頼みたいことがあるんだ』

獄寺は雲雀にしかものを頼まない。
任務の連絡も、プライベートな買い物も、雲雀にはすべて獄寺から伝えられる。
それは雲雀の優越感を少しだけ募らせて
そして雲雀の胸に刺さった痛みを少しだけ助長させた。
冷静な「ボンゴレの右腕」から放たれた「作戦」に満足した雲雀はつづけて放たれた「指令」に文句もいわずに頷いた。
しかし、過去にいくからとそのまま電話を切ってしまいそうな彼には慌てて呼びかける。

「ねえ隼人」

獄寺は「それ」に触れられるのを恐れていたのだろう。
電波の向こうで息をのむ音がした。

「『彼』には会っていかないの?」

過去に飛べば何日後にこちらへ戻ってこれるかわからない。
否、戻ってこれるかすらわからないのだ。
最後になるかもしれない逢瀬に時間を裂かなくていいのか。
彼には愛する年上の存在がいたから、それを10年前から一番近くで見てきた雲雀だったからこその質問に、電話の向こうで獄寺は笑う。

『なあ雲雀、お前にもうひとつ頼みごとだ』

これは、どんなことよりも優先的にしてほしいと発せられる言葉は「指令」というよりは「願い」で。
雲雀は聞かざるを得なかった。

『10年前の俺と、今のシャマルを絶対会わせないでくれ…』
『あの頃の俺はすげー餓鬼で自分は孤独だとか馬鹿な事考えてるやつだから』
『シャマルに会ったら絶対弱くなっちまう』

そして、今の俺もな。と笑って続ける獄寺の言葉には覚悟が見えた。
無言の肯定を返した雲雀に満足をしたのか、長い別れの言葉を呟いた獄寺は、そのまま通話を切った。

「まったく…」

いつまでたってもひとりで走る彼をいままで以上に甘やかしたくなった。
堅苦しいネクタイを器用に結んだ雲雀は後に控える草壁にひとこと投げかけてボンゴレが開発中の日本支部へと足を進める。

「君の願い以上のものを届けてあげよう」

たとえそれが過去のボンゴレと群れる事になっても。
たとえそれで自らが傷ついたとしても。
数日後にあう時にはその緑に涙をためて、自分に感情をみせてくれる彼を密かに願って。


2008/09/06


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