■賢者の贈り物

見慣れたテーブルの上に無造作に置かれたひとつの箱に、獄寺は眉をしかめる。
慣れ親しんだイタリア語のパッケージであるそれは開封されていないことは明らかで。
先週帰った時に調達してきたのだろう。
中身は触れなくてもわかる。
だからこそ、更に眉間に皺がよる。

「おー隼人、来てたのか」

そんな獄寺の気持ちなど露知らず、シャワーからあがってきたシャマルはいつものように話しかける。
箱の事を問い詰めるよりも先に黒い髪からぽたぽたと落ちる水滴をタオルで拭きながら、フローリングを歩くことを注意してしまうのは何年間かの癖だろう。

「たく…ちゃんと拭いてから出て来いよ…床拭くの俺なんだから…」

次から次へと落ちる雫を馴れた手つきで拭く獄寺に悪びれもせず、形だけの謝罪を繰り返す。

「わりー、わりー。で、お前はなに眉間に皺寄せてんだ?」

しかしそこはシャマルで、きちんといつもの獄寺と違う様子に気づいていたようだ。
子供をあやすかのように眉間の皺を指で押す。
その指に獄寺の苛立ちは更に募る。
シャマルの手を振り払って長く肩までかかった銀を翻して机の上に置いてある箱を指さす。

「おい、これはなんだ」

切迫した空気が漂う。

「あー…みつけちまったか」

みつけたもなにも堂々と置いてあったものじゃねーかという文句を投げつける。
それを聞いたシャマルははあ、と大きなため息を吐いてその箱の包装を乱暴に開けていった。

「ちょ、いいのかよっ」

大方何処かの女にあげるために買ってきたのかと思ったものを無遠慮に開く姿に獄寺は怒りよりも焦りを優先した。
シャマルにとって、女がどれだけの大切な存在であるかを知っていたから。
慌ててその手を伸ばせば、手首を掴まれる。
それと同時に、左の小指にひんやりとした感覚が走った。

「ん、丁度よかったな」
「え…これ…」

自分ではけして買わないような細い銀。
しかし、自分によく似合った銀。

「あっち戻った時にみつけたから、土産」

お前に似合うと思って。
その言葉に獄寺の碧は揺らめく。
星の数ほどにもいる不特定多数の女にあてたものではなかったそれがやけに嬉しくて
獄寺は照れ隠しからシャマルに抱きつく。

「あ、りがと…」
「ん、どーいたしまして」

彼からの『贈り物』ということに嬉しさを隠しきれない獄寺は知らない。
その銀の本当の意味を。
左の小指である訳は「願い事」。
そこに隠されたシャマルから獄寺へ向けた「願い」の内容を。
それは未来を予言するかのように真っ直ぐに失せることない輝きを放ったそれは
男女の間にある左手の薬指よりも強くふたりを繋いでいた。


2009/03/08


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