12月の屋上は寒い。
責めるような青が沢田を潰す。

「もう一年も終わりか…」

呆けたように空を見つめていた彼はぽつりとひとつ零した。
重苦しい程に真っ青なそれは、雲のひとつも浮かべる事なく沢田の声を高く響かせる。
思った以上に通った自身の声は反射して沢田へ戻る。
瞬間、一年と簡単に言ってしまった事を深く後悔する。
この12ヶ月、365日、彼の人生に置いて大きな分岐点を何度も突きつけられてきていた。
それは沢田綱吉としての在り方。
山本武の友人としての在り方然り、雲雀恭弥の獲物としての在り方然り
笹川了平の後輩としての在り方然り、六道骸の標的としての在り方然り
ランボの兄としての在り方然り、リボーンの教え子としての在り方然り

そして、獄寺隼人のボスとしての在り方然り。

そこまで考えた所で脳内で描いた筈の銀が現実となって揺れた。

「10代目!お待たせしました」

いつもと変わらない満面の笑みで近付いてきたのは沢田を慕う獄寺。
その手には購買のビニール袋が揺れている。
そして、その隣に同じ袋を持った山本の姿を確認して、沢田は一度弾んだ心を落ち着かせる。

「10代目はフルーツ味でしたよね」

手渡された紙パックのドリンクは沢田が好んで飲んでいるもの―しかし、これを好きだと言った事は一度もなかった。
よく見ているなと感心するのと同時に跳ねた心をうぬぼれるなと諌める。
獄寺の中で沢田の存在は「絶対」。
一言で言えばとても強固に思える言葉だが、実際は薄っぺらいものだ。
友愛でも恋情でもない、その位置から動く事のない感情は残酷だ。

「ありがとう」

なんて事ない顔をして獄寺から受け取った後、それぞれ己の昼食を広げる。
母が作ってくれた弁当はカラフルで、ドリンクを一緒に購買で買ってきた二人の昼食なんかよりも全然バランスが取れている。

「お、それ美味そう!もーらいっ」
「あ、てめ!十代目の弁当を…!」

沢田の弁当から卵焼きをひとつ奪った山本の肩を獄寺が触れる。
その一瞬だけで、沢田の心は酷くざわつく。

(羨ましい…)

簡単に触れる事の出来るその手が、簡単に触れさせる事が出来るその体が。
こんな浅ましい感情を山本は知らない。

「いいからさ、獄寺くん」

彼が望むボスらしく、静かに笑う。
しかし、と納得していないらしい彼に先程山本が取ったのと同じ卵焼きをひとつ差し出す。

「ほら、獄寺くんも」

獄寺はそれを嬉しそうに、しかし遠慮がちに頭を下げて口に含んだ。
途端に襲う胸の痛み。
ああ、彼の口に入った黄色いそれにさえ嫉妬するなんてどうかしている。






獄寺にとって沢田は絶対。
しかし、それと同じように、嫌、それ以上に沢田にとって獄寺という存在は絶対だった。
友達と呼べる相手が居ない自分の側に初めて現れた存在。
その盲目的な忠誠心は沢田を苦しめる事もあったが、彼が居なければ恐らく山本も、笹川も、雲雀も、六道も出会いすらしなかっただろう。
(一番の元を辿ればリボーンになるのだろうが)
釣り合いの取れていない天秤。
少しでも、あと少しでもこの気持ちが膨れてしまえば彼の忠誠も敬意も何もかも踏みにじってしまうだろう。
そう自覚出来るくらいに、沢田の心は醜く好意を傾けていた。
中学生もあと3ヶ月もすれば最後の1年になってしまった子供の期間。
これ以上は立ち止まれないと知っている。
知っているのに、立ち止まる。




山本が笑う。
獄寺が眉を顰める。
沢田は、それを見て偽物の笑顔を浮かべる。


ああ、山本が居てくれて本当によかった。
彼が居なければ、自分は果たしてどうしていたか。
それは想像するまでもない話。




1では寂しい。
2では重い。
4では割り切れてしまい
5では多すぎる。
6では群れ過ぎで
7ではもう関係などあってないようなもの。


だから沢田はこの屋上を好む。
沢田と、獄寺と、そして山本。
他のどの数字よりも寂しくて、切なくて、苦しいこの数字が存在する此処を。
そして、なによりも釣り合いの取れたこの数字を。



昼休みが終わる。
青は変わらず、背骨を軋ませる。


必死に笑う沢田は内に潜んだ衝動をどうにか殺して、立ちあがった。

「ふたりとも、そろそろ行こうか」



ナンバー3(12月・沢田綱吉)



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