■鬼ごっこ


『ねえ、知ってる?この学校の七不思議』

昼間、クラスメイトの女子が騒いでいた内容を訪仏させる赤が獄寺を射抜く。
屋上で6時間目の数学だけさぼるつもりだったのに、何時の間に眠ってしまっていたのか。
瞳を閉じるまでは青かった空は真っ赤に染まっていた。

「そうだ…10代目!」

慌てて主の名を叫ぶと獄寺は制服のポケットから携帯を取り出す。
そこには尊敬する彼の名と敵視している野球少年の名が交互に連なっていた。
しかしその履歴の最後は二時間前。
一通だけ届いていたメールには「さきに帰るね」と打たれていた。

「あー…やっちまった…」

沢田を護るために自らを使うと誓ったはずなのに、常に側に居ることを願ったはずなのに。
自分の失態に唇を噛む。
銀の髪を掻きあげた獄寺の頭上で低い音が響く。

「え…」

その音の異常さに獄寺は背筋が凍りついた。
いつもと同じチャイム音。
授業の始まりや終わりに聞くそれと同じなはずなのに、それは数オクターブ低い。
まるで葬式を知らせるようなおごそかな、重い音。

「並盛中学、七不思議のうちのひとつ…」

昼間に女生徒が話していたそれのひとつを自分が体験するとは思わなかったと、獄寺は重い腰を上げた。
どこの学校にもあるように、長い歴史を持つ並盛中学には嘘か真かわからないような七不思議が存在する。
大体はどこにでもあるような怪談話なのだが、ひとつだけ、生徒の日常に浸透している不思議があった。
それが、この『低い鐘』。

『低い鐘が鳴るのを聞いたら帰れ』
『さもなくば、鬼に喰われるぞ』

もともとは最終下校時刻を知らせるための合図であるチャイムだから、これが最終警告だという風紀委員からの合図なのだろう。
恐怖の象徴とされている風紀委員の合図をみすみす見逃す奴らはいない。
それがどんどん背びれや尾ひれをつけて七不思議のひとつへと成り上がっていったのだろう。
基本的に学校なんて場所を好きではない獄寺は、ホームルームが終わればその敷地外に出てしまうため、この鐘を聞くのは初めてだった。

「あー…鞄、教室だ…」

面倒くさいと思いながらも屋上を後にする。
ひとりも生徒のいない学校に獄寺の上履きのゴム底が廊下を蹴る音だけが響く。
ふと、獄寺の脳裏にある人物が浮かぶ。
この学校の、この並盛の支配者、黒い影。

「あいつは…この鐘聞いても学校にいそうだな…」

残忍に笑って、トンファーをふるう。
争いを好み、血を好み、屍の上に立つ。
黒い学ランを靡かせて、いつも獄寺の前をいく彼。
雲雀恭弥。
初めて彼に会った時、獄寺の中でなにかが音をたてた。
群れるのを嫌い、圧倒的な力で人を地にひれ伏させる。
尊敬する沢田に傷をつけた相手として何度も喧嘩をふっかけたが、いつも彼にはあげ足をとられ、結局一度も勝てたことはない。
それなのに彼と拳を交える時、獄寺の中では何度も音が響いた。
初めて出会ったその時と同じ音が。











軋む引き戸を開く。
眼前に広がるは、机と椅子が綺麗にならんだ自らの教室。
赤く染まったその中で、黒い影がひとつ。
獄寺の足が止まる。

「ヒ…バリ」

獄寺のなかで、いつもの音が響く。
刹那、女生徒が言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。

『鬼に呪われてしまったら、一生学校から出られなくなるの』

プライベートは謎に包まれた、並盛の主。
まるで、七不思議の鬼に呪われたかのように。
赤を背負った雲雀の表情は、わからない。
それなのに、彼に誘われるかのように獄寺はおぼつかない足取りでふらふらと教室へと入る。
いつもの雲雀からは想像もつかないくらい優しく微笑んで、獄寺の方へ手を伸ばした。
その手に引き寄せられるまま、獄寺はそれに応えるように自らの腕を伸ばす。
触れあった指先が温かくて、確かにそこにいるのが雲雀だというのを知らされる。
強い力で抱き寄せられる。
今までで一番近い距離で雲雀の瞳を見た。
漆黒のその中に、彼には似つかわしくない色を見つける。
その感情の名前は―よく、知っていた。

「ヒバリ…」

穏やかな笑みを浮かべた彼の首に腕を回す。
誘われるがまま、唇を雲雀のそれを合せる。
背中に回された腕の力が、強くなる。
合わせた唇の隙間から、雲雀の舌が侵入する。
ざらりとした感覚と他人の唾液に、嫌悪を感じることなくそれに応じる。

「ん…あ、ふあ…ひ、ばり…」

淫靡な音をたてて行為は進む。
本当は知っていた。
自分の中でたてる音の意味を。
雲雀へ向けた感情の名前がなにかを。
そして、彼がそれと同じものを瞳に映していたことも。
多分、会ったその時から、全て知っていた。

「獄寺隼人…やっと、捕まえた」

満足そうに微笑んだ雲雀に心臓を掴まれた気がした。
鬼に捕われたのは雲雀だったのか、
それとも鬼自体が雲雀だったのか。
そんなことはもう、どうでもよかった。
合わさった唇から感じる雲雀の存在だけで、それだけで獄寺は幸福だった。
赤く反射したリノウムの床、ふたつの影が崩れ落ちるように絡まった。


2009/01/29 


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