■響
傷だらけの体をかばうようにして獄寺はここに現われた。
包帯に滲んだ赤が黒へと色を変えつつある。
「なんのようだ?」
もう自分の役目は終わったと、突き放したシャマルの前で彼は歪に笑う。
「…悪かったな、勝てなくて」
「あー?別にお前が勝っても俺にいいことはねーだろ」
「お前の名前に、傷つけちまったから…」
「別に、いいんじゃね?」
温度差がある会話に終着点は見えない。
巧みに逃げようとするシャマルを獄寺は追った。
嘘や隠し事が苦手な彼は、不様に笑って皺を寄せる。
そして、最後の言葉を投げた。
「俺を弟子にしてくれて、ありがと」
シャマルの返事を待たずに銀を翻した彼を許さなかったのは、紛れもなく彼の手。
栄養が行き届いていない細い腕を握った力は強く。
「ハヤト」
静かに重く響いたその声は、最後を最後にする事を許さない。
獄寺の碧に濃い色が入る。
いつもこうだ。
シャマルはずるい。
突き放したかと思えばしっかり捕えて離さない。
もう、何年も。
何年も。
そして、今回も。
シャマルは獄寺の魔法を解きにかかる。
「泣けるって事はな、お前が頑張った結果なんだよ」
「ハヤト、泣いていいんだぞ」
刹那、ガラスの割れる音が脳内で響く。
きらきらと光るその破片は、獄寺の碧を揺らがせた。
「しゃ、まる…」
悔しくて、苦しくて、引き寄せられるままにシャマルの胸に顔を埋める。
大好きな香水と煙草の匂いがした。
「お前はよくやった、思う存分泣けよ」
優しすぎたその声は、獄寺の涙腺を崩壊させる。
「しゃま、しゃまる…うわあああああ!!」
繰り返される獄寺の謝罪は誰に向けたものか。
獄寺の頬を伝った涙がシャマルのシャツに染み込んでいった。
濡れた胸元がやけに切なかった。
2009/07/08