■血の声


血の海の中、獄寺は朦朧とした意識を必死に手繰り寄せた。
殴られた後頭部がずきずきと痛む。

(しくじった…)

じわじわとコンクリートに染み込んでいく紅を他人事のように眺める。
闇の中、そこの部分だけ更に暗くなっていくのに比例して、自身の命が消えていく音を聞いた。

(ああ、まじやべえ…)

主を護って死ぬならば、本望だ。
しかし、マフィア関係ですらないこの小さな島国で命を落とすなど馬鹿みたいな話だと、獄寺は漠然と考える。
獄寺の後頭部に酷い一撃を浴びさせた不良は、あまりの血の量に驚いてしまったようで
鉄パイプを投げ捨てて逃げてしまった。
指紋も拭いていないから、獄寺が死ねば直ぐに犯人として吊るしあげられるだろう。

(ち、くしょ…)

あまりに間抜け過ぎる自分に泣きそうになる。
悔し紛れに拳を握ろうとしたが、力が入らない。
そろそろカウントダウンの時間だろうか。

「ねえ」

死の世界に片足を突っ込んだ獄寺に、死神の声が響く。
聞きなれたテノールに苛立ちしか思い出せない。

「君、死ぬの?」

無言の獄寺に投げられる言葉は相変わらず訳が分からない。
彼が突拍子もない事はいつもの事だけれども、今はそれに付き合っていられる程余裕がない。
いつもなら、余裕があるのかといったら違うけれども。
動かない獄寺の顔の横に、わざわざ目線を合わせるようにしゃがんだ彼は楽しそうに笑う。

「今日、僕誕生日なんだ」
「…だから、どーした」

なけなしの体力を使って話を先へ進めようとする。
決して彼に何かを求めた訳ではない。
ただ、話の途中で死んでも気になって成仏出来そうにないからだ。
返ってきた声に更に満足そうに笑った彼は、鋭い鉄を獄寺の耳元に落とす。
血が滲んだコンクリートに突き刺さった銀色に光った側面に映ったのは酷い顔の己。
そんな獄寺を無視して、彼は続ける。

「生きてよ」

刹那、意味している事がわからなかった。
それでも、彼は無情にも続ける。

「僕の為に、生きて」

その顔は、あまりに悲痛で切なくて、愛しい。

「僕への誕生日プレゼント」

生きろと言われた事が嬉しかったのか
それとも、彼にそれを言われたのが嬉しかったのか
わかりきっている答えに知らないふりをした。

血の流れ出る速度が早くなった、気がした。


2010/05/06 



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