■幸福の象徴


遠くの方で鳴る除夜の鐘を脳の隅で認識した時は快楽の絶頂に居た。
朝日が無駄に眩しいのも、隣に彼がいるのも昨日と変わらないことだけど、暦の上では今日から新しい年が始まるらしい。
あまりの腰の痛さに尊敬する沢田の誘いすらキャンセルして、獄寺は柔らかい布団に体をうずめる。

「おーい…、大丈夫か?」

多少の責任は感じているのだろう。
シャツを羽織ったシャマルは幼少の頃と同じように獄寺の銀髪をするりと撫ぜる。
恨みのこもった瞳だけ動かして碧に彼を映す。

「てめぇのせいだろーが…」
「隼人があんなエロく腰振るからいけねーんだよ」
「んなことしてねえっ」

反論しようにも鈍い痛みが獄寺を襲う。
もう今日一日はここから動かない。そう心に誓う。

「ま、とりあえずこれでも食えよ」

いつの間に作ったのか、シャマルはベッドの中にいる獄寺に椀を突きだす。
白く濁った湯の中に、もちと人参と三つ葉と里芋が揺らぐ。

「なんだ、これ」

初めて見るそれに獄寺は眉間に皺を寄せた。
けして不味そうではないけれども、未知のものだ。

「雑煮っつーんだよ。日本では正月にこれを食うらしいぜ」

ほら、と突き出されたそれを反射的に受け取ると、椀の向こう側から優しい温かさが伝わる。
マフィアに正月なんてあったものじゃない。
城を飛び出してからこんなにも落ち着いて新年を迎えたことなどあっただろうか。
掠れ気味な記憶を辿っても、その日を生きる事だけに一生懸命だった獄寺には思い出せなかった。
獄寺は痛む腰を抑えてベッドの上に腰かける。
リビングから引きずってきた椅子に座ったシャマルは満足そうに自分の分のそれを食す。

「あ…美味い…」

あっさりとした味の中に、何処か懐かしい香りがした。
湯気の向こう側でシャマルが穏やかに微笑むのが、幸せだと感じた。
その瞬間、窓から入る陽の光がやけに目出度く思えた。

「シャマ…、今年もよろしくな」

もちをひっぱりながら恥ずかしそうに新年の挨拶をする獄寺に、シャマルは面白そうに口づけた。

「へいへい、こちらこそ」

来年はこの日を隣で迎えられるとは約束は出来ないけれども。
今年一年の世話をしてもらえるという口約束だけで獄寺の頬は緩む。
眩しいほどの陽の光も
白い湯気も
腰の痛みすらも
全てが獄寺にとって幸せにしか思えなかった。


2009/01/01



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