■ティラミス


料理といえば姉のポイズンクッキングを見て育ってきた彼が、いきなりそれを差し出したのだから怪訝な顔をしてしまうのは許してほしい。

「…なんのつもりだ?」

そろそろ本気で自分が憎くなって、姉に弟子入りしたのかと疑う。
最近はそんなにむやみやたらと構っていなかった筈だが。

「とりあえず、寒いから中入れろよ」

セキュリティは普通の日常生活を送る為には必要ないくらいに厳重なこのマンション。
どんなに暗殺者から命は護れても、寒さからは護れないようだ。
頬を膨らませながらも、図々しく、彼は部屋に上がる事を願った。





獄寺隼人とDr.シャマルの関係を一言で表現する事は不可能だ。
親子に近くもあり、悪友に近くもあり、敵に近くもある。
それでも、初めて城で出会ったあの日からなにかにつけてふたりの路は交差するようになった。
フリーの殺し屋であるシャマルとボンゴレ右腕の獄寺。
どちらも相当忙しい筈なのだが、出会ってしまう。否、その時間を互いに作ってしまうのだ。


温かい室内に入った獄寺は勝手知ったる他人の家とばかりに常備されているコーヒーを自分用のマグに注ぐ。
まだ温かいそれにミルクをひとつだけ落として、いつもの定位置であるソファの上に座った。
そして、その一連の行動を見護っていたシャマルに瞳で隣に来るように訴える。

「本当いきなりどーした、坊っちゃん」

溜息を吐いて座ったシャマルは獄寺に問う。
いつだって獄寺の来訪は唐突ではあるが、大体の予想は付いている。
敬愛する主に怒られたとか、同級生の野球少年がうざいとか、年齢不詳の風紀委員長にやられたとか。
大体は小さな小さな愚痴。
吐いてしまえば楽になる、その程度のものを吐くために来る事は多い。
と、いうよりはそれを理由にしてシャマルの元に来ているのだろうけれども。
だんまりだった獄寺は手元のコーヒーに刺したままだったスプーンで、先程差し出したタッパーの中身をすくう。

「シャマル…」

名前を呼ばれてそれを向けられて、食べない訳にはいかない。
だって、シャマルの瞳に映った獄寺は綺麗で儚くて可愛すぎた。

愛し過ぎた。

途端、口の中に広がった甘みと少しの苦み。

「どうだ?美味いか?」
「ああ、普通に美味いよ」

ほっとしたように顔をほころばせた彼はそのままシャマルに抱きつく。
自分たちの故郷から生まれた菓子。
一体どうして、彼が持ってきたのか分からないけれどもひとつだけ思い当たるふしがある。





適度な大きさの型にエスプレッソを染み込ませたビスコッティ
その上からザバイオーネ・クリームを流し入れて
仕上げは表面にココアパウダー、時にはエスプレッソの豆を挽いた粉をふりかけて。


甘いそれに隠された悲痛な叫び。
その子供は、絶対にそれを口にしない。


あと5秒、4、3、2、1。


次に口の中に広がったのは、先程の菓子よりも甘くて柔らかいそれ。


「Buon compleanno Shamal」


祝いと救いを込めた陳腐な言葉はシャマルの口に溶けて消えた。


2010/02/09



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