自分の思い通りにならないから泣くなんて、幼子と同じではないか。
草壁は自分の隣で膝を抱えて頬を膨らませる青年に気付かれないように溜息を吐いた。
「何の意味もないって俺だってわかってるぜ?でも気に入らねえんだ…」
この言い訳も何度目だろうか。
そして、それがわからなくなる位彼に付き合っている自分は一体どうしてしまったのだろうか。
「なあ獄寺…どうしてそんなに山本武を嫌うんだ?」
二年程前からの疑問を投げてみるが、それに理由がない事くらい草壁だって知っている。
嫌う、というよりは苦手の部類なのだろう。
山本武に関して草壁の知る事は少ない。
野球部のエースでクラスの人気者で当たり障りのない性格。
風紀委員としての視点で見ても、違反をするような生徒ではない、いたって普通の中学生だ。
(気になる所といえば成績が少々悪いという程度なのだが、それで困るのは本人なので何を言う義務もない)
その彼を今、自分の隣に居る彼―獄寺は酷く罵る。
「あいつはっ!俺が十代目と喋ってる時に限って絡んできて!俺が失敗するのを笑って!それで俺をこんな気持ちにさせるんだ!」
獄寺が抱く感情が、本当は山本武に対する嫌悪ではない事を草壁は知っている。
彼は、自分のやるせなさに、ふがいなさに、自身に対して嫌悪を抱いている。
それを獄寺だってわかっている癖に、まだまだ小さな彼の器ではそれを受け入れる事が出来ずに爆発させる。
まるで、彼が愛用する武器のように。
「ならば成長すればいいだろ?」
「…それが出来れば苦労しねえ…て」
沢田に頼られるように。
山本に笑われないように。
獄寺が目指すものは近い様で遠い。
ふと草壁の脳裏に刹那の記憶が蘇る。
学ランを翻す背中、振り向かない小さな影、傷だらけの体、頼られない孤独。
今では風紀委員副委員長の座が揺るぎないものにはなっているが、それは下の者からの評価であり本当に認めて欲しい人から許されたものではない。
せいぜい使い勝手の良い人間だと思われていればまだ救われる。
(ああ、だから俺はここにいるのか)
力無き事に嘆く獄寺を見ているのはまるで過去の自分を見ているようで。
初めはただの偶然。空を見つめる獄寺を見つけて声を掛けてしまったのが運のつき。
ぽろぽろと溢れるように零れてきた言葉と涙は草壁を縛り付けた。
恐らく、吐き出せる相手もいなかったのだろう。
声にしてしまえばそれが本当の事のようで、認めたくなくて今まで言わなかったのだろう。
「お前は、ヒバリに信頼されてるから…わかんねえよな…」
他人から見れば、そう見えるのだろう。
しかし、草壁が目指す像にはまだまだ到底追いつかない。
獄寺の碧から零れた涙を無意識の内に指先で掬う。
「獄寺」
驚いたように瞳を開いた獄寺は、涙を止めた。
ふたりの間に風が吹いた。
草壁が、ゆっくりと微笑む。
「わかるさ。俺だって同じように思う事、あるんだぞ」
「…馬鹿にすんな」
その言葉の裏を、獄寺は知らない。
涙は止まったようだが彼の機嫌は損ねてしまったようだ。
「してないぞ」
頬を膨らませて草壁を睨む獄寺の銀を一撫でした。
思ったよりも、柔らかい。
「うっせーよ…ヒバリにあんだけ頼りにされてる奴が言う言葉じゃねーよ」
その手は簡単に拒否される。
草壁は獄寺がどれだけ沢田に心酔しているのか、どれだけ山本に敗北感を感じているのか、正しくはわからない。
それと同じように獄寺だって、草壁と雲雀の関係がどれだけのものか知る筈がない。
ただの己から見ただけの情報では捕えたものが違う。
獄寺は制服のポケットから煙草を取り出して、慣れた手つきで火を点ける。
「あー…っ、うぜえ…」
風紀委員である草壁の前で吐きだされた煙は変わらず空へと昇っていく。
本来ならばここで取り締まるべきなのだろうが、どうしてか、草壁はこれ以上獄寺に手を伸ばす事をためらった。
「まったく…お前は何がしたいんだ…」
そして自分は何をしたいのか。
先程の涙のせいだろう。
少しばかり赤い目をした獄寺は煙草を灰にするのみで、声を発する事はなかった。
02.気に入らないことだらけ