■ユエラオ
何処の誰が紡いだ話か、それは定かではないが小指に繋がれている細い糸は、どんな強固な鎖よりも絶対的な束縛を許すという。
ロマンチストが語る赤色が絡まった小指を、鬼道はぼんやりと見つめた。
肌の色が見えない程に執拗に巻きつけられた赤が繋がった先に、手を伸ばす。
それを強請りに捉えたのか、彼は無表情なままその手を掴む。
鬼道の手よりも一回り大きなそれは、数えた年月だけの皺を刻む。
自分と彼の間に大きく開いている現実を思い知らされて、左胸がざわついた。
「影山総帥……」
絶え絶えの息で、どうにか呼ぶ。それに応える声はない。しかし、代わりに与えられた口付けは深く、口内を犯す舌に必死に応えた。
この唇の温度を知ったのは、いつだったか。生まれる前から知っていたような気もするし、つい最近な気もする。覚えていない程に慣れ親しんでしまった薄い唇から己のそれを離す事なく、鬼道は自身の体をゆっくりと寄せる。
それをさも当たり前のように受け止めた彼は、膝の上に鬼道を乗せた。
指の赤は更に濃さを増す。
言われるよりも前に自ら羽織っていたマントを床に落とす。いつもはそれの御陰で大きく見えている背中が、実はとても狭いのだと露にさせられた。それを合図に、彼の手が下へと伸ばされる。
「―っつ……、ふ、あ……」
焦らされる事もなく、早急に行為が進んでいくのは時間の関係だろうか。
自分との行為に飽きていないのならばいいと、漠然とした不安はじんわりと形を作って、鬼道の胸を犯す。
それとは裏腹の直接的な刺激に、鬼道は必死に声を噛み殺した。
前を掴んでいた手は、独特な粘着性を持つ液が先端から十分に滲んだのを確認すると、後ろの秘部へと伸ばされる。
いとも簡単に二本目まで飲み込んだ己に、頬が熱くなった。
「そ、すい……もう……っ」
耳を塞ぎたくなるような卑猥な音と、己の乱れた息だけが響く冷たい城で、暖を取るように鬼道は彼を求めた。
額に落とされた唇は城と同じでやはり冷たい。
下に纏っている衣服を脱がそうとした彼に、一度だけ抵抗を示してみる。
薄い黒の奥で、彼が少しだけ不機嫌な顔をしてみせた事に気付いて、すぐに止めた。
鬼道は恐怖から小指の先を見る。
まだ、赤色は絡み合うように繋がっていて、安堵した。
鬼道は怖いのだ。
この細い糸がいつか切れてしまわないかと、震える夜を何度も越えた。
薄く生え始めた下の毛は、初めてこの行為を知った時にはなかった。
今年の身体測定では、一年前よりも六センチも背が伸びた事を見せつけられた。
厳しい練習を重ねて付いた筋肉は固く、抱き心地を悪くした。
急激に変わっていく体に、彼の興味が薄れてしまわないか、運命が捻じ曲がってしまわないか、ただそれが怖かった。
しかし、彼はサッカーでの勝利を望む。
体が成長すればする程、出来る事は増えていく。
今はどちらでも必要とされている自信があるが、明日は、明後日は、一年後は。
恐怖から逃れるように、鬼道は自ら彼の膝を跨ぐ。
もう十分に後ろはほぐれている筈だ。
積極的な鬼道の態度に、ほくそ笑んだ彼に、同じように笑ってみせる。
こんな不安を、悟られてはいけない。
彼の事だ、もしかしたら既に鬼道の考えなど知っているかもしれないが、それでも、彼の前では「理想」でありたかった。
常に強く立つ王者でいたかった。彼の望む全てでありたかったのだ。
あちこち乱れさせた鬼道とは正反対に、前をくつろげただけの彼の先端に、ゆっくりと腰を下ろす。
鬼道のそれと比べると何倍も大きな杭ではあるが、ためらいはまったくなかった。
それは長く仕込まれたせいか、その先に待ち受ける恍惚を知るからか。
支えるように回された腕が酷く嬉しい。
「いっ……ん、あああっ」
大きな彼のもので、自分の中が満たされる。
その瞬間が、鬼道は好きだった。
恍惚から漏れた声は一層、中のものを大きくさせる。
自分の体に、声に、この行為に、常に冷たい印象を受ける彼も昂ってくれているのかと思うと、左胸が痛い程に締め付けられた。
「あ……そ、すい、影山、そう、すい……っ」
何度も、何度も呼んだ声に与えられたのは激しい揺さぶりだった。細い糸を切らさないよう、鬼道は必死に、応えるように彼を呼んだ。
「……鬼道っ」
絶頂に近づいたその時、強く引き寄せられて一言だけ、それを呼ばれた。
鼓膜に突き刺さる甘い声に、鼻の奥がつんとした。
熱と快楽に溺れる中で、鬼道は小指をもう一度見る。
もう、赤というよりも黒に近い色をしているそれは、鬼道と彼の間で何重にも絡まり、玉を作っている。
切れてしまわないでくれ、このまま繋いでいてくれと、願う鬼道は最奥を突かれたと同時に絶頂を迎える。
一番高い声を上げて、吐き出した白濁は向かい合った彼の衣服を汚す。同時に、繋がれた黒い糸も白色に染め上げていく。
欲望と同時に脳内でも何かが弾けた。それを合図に、先程まで見えていた糸は消えていった。
行為の間だけ見えているそれは、果たして本当に運命の糸なのか。
運命ならば、何故こんなにも切れる事を恐れるのか。
切れるなどという未来を想像してしまうのか。
その理由は、わからない。
「影山総帥……」
不安を隠すように、鬼道は細い声を紡ぐ。小指の糸など、所詮はただの噂話だ。
見えなくなってしまったそれを幻にするように、鬼道は必死に、自分の前にある温度に顔を埋めた。
縋るように鬼道に回された腕は、脆い。