■いってきます。
「鬼道、お前には雷門のコーチを任せたい」
響木からの指示に一瞬、眉間に皺を寄せた。
その意味を知らない程、彼らは鬼道を知らない訳ではない。
もともと、レジスタンスの本部に帝国を選んだ事だって、かつての「彼」も現在のサッカーを愛している訳ではないと踏んだからだ。
「かといってお前が帝国の総帥である事は変わらない。これから雷門が勝ち続ける為に、お前が必要だと思ったからだ」
「つまり、俺は帝国と雷門を行き来するという…事ですね」
「ああ……すまないが、頼む」
それは誰への謝罪か、響木の声に鬼道は頷くしかなかった。
決して雷門のコーチをする事が嫌な訳ではない。
むしろ、これから更に過酷な戦いになっていくであろう彼らの手伝いになれる事は純粋に嬉しい。
監督の円堂を支える立場を任される事は昔を思い出させる。妹の春奈と共に作戦をたてる事も幸せだ。
それでも、少しだけ後ろ髪が引かれた。
相変わらずほの暗いその部屋は静かに影を伸ばす。
影だけみれば、まるで「彼」と同じような自分に、どれだけ長い間囚われているのかを思い知らされる。
あの頃はそれが呪いだと思っていたが、成長した今では少しは彼が考えていた事も理解出来るのだろうか。
真綿で首を締められているような感覚は心地好く、そのまま殺して欲しいとすら、願った。
かつては彼が、今では己が座した壇上へゆっくりと進む。
変わらないこの部屋は過去とは言いきれない想いを鮮明に刻みつける。
「また俺は雷門に行く事になりました」
帝国の総帥である事は変わらないが、この壇上に立つ事は半分以上に減るのだろう。
少しだけ面白くない顔をする彼に鬼道は微笑む。
「大丈夫ですよ。今度は、いえ…今度も、必ずここに戻ってきますから」
雷門に居ても、イタリアに居ても、どこに居ても心に或る影は強く濃く、鬼道の全てを支配する。
それは呪縛ではなく、ただの誓いだ。
『鬼道』の名前を彼から貰った時に交わした誓いは彼が居なくなろうと消え去る事はない。
深く礼をして鬼道は宣言する。
「俺の戻る場所は、今も昔もあなたの隣です。影山総帥」
これを良く思わない仲間もいるだろう。
その深淵から救おうとする者も居るだろう。
それは全て、鬼道を思っての事だという事は理解している。
それでも鬼道は、それを望まなかった。
己の中で彼を思い出にする事を拒み、その隣に立つ事を願った。
「それでは総帥、行ってきます」
壇上に立つ彼に、ひとつ。
『行ってこい、鬼道』
彼の声が背中を押した気がした。