■骸と踊る

鬼道が熱を出した。

おいおい、バカじゃねーのあの天才ゲームメイカー様は。あれだけ周りには「体調に気をつけろ」とか「しっかり栄養つけろ」とか言っといて自分倒れてちゃ意味ねーだろ。あと決勝戦を残すのみとなったこの状況で熱を出せるお前の神経を疑うぞ?
少ない練習時間と解決しなきゃいけない問題は反比例しているってお前昨日言ってた癖に。

「鬼道、大丈夫かな」
「ずっと無理してたんだろうね…」
「お兄ちゃん…」

ああなんだこの空気は…!
38度の熱を出したくらいでなんだ!
お前ら全員アイツのお袋かよってくらい心配してて気持ち悪いんだよ…!
食堂でひと固まりになって眉を下げるあいつらにも、あいつらに心配されているアイツにもやけに腹が立って仕方がない。

「どうせなら弱ってる鬼道くんの顔でも拝んでやるか」

生憎、俺は他の奴らとは違ってお前の心配なんて欠片もしてねえ。いつも偉そうにしているお前が弱ってるなんて滑稽以外の何物でもねえからちょっと記念に網膜へ焼き付けておこうかと考えて、あてがわれている個室の扉を開いた。

「鬼道くーん?」

からかうような響きをわざと含ませて彼の名前を呼ぶか、それに帰ってきたのは荒い呼吸の音。音をたてないようにそっとベッドの側に寄る。
…驚いた。
マジで熱出してやんの。
今にも死にそうな顔をして瞳を閉じている。当たり前だが、いつもトレードマークになっているゴーグルは付いていない。
あー、思った以上に睫毛長いな…。
つかゴーグルあんだけ付けてんのに変な日焼けしてないとか…どんなキャラだよ。
見下ろすように立って尚、こいつと自分の違いを見せつけられる。
もし、熱を出したのが俺だったら―あいつらはあんなに心配もしなかっただろうし、別に練習に支障なんてなかっただろう。なんていったって俺は大抵ベンチだ。
まあ…お前だけはなんかしんねーけど色々突っかかってきてくれるけれどな。
そんな事を考えていたら鬼道の眼球がピクリと動いた。やばい、起しちまったかな。

「……  ぁ」

ゆっくりと開かれた紅に薄い涙の膜が張っていた。熱のせいだろう。酷く苦しそうだ。

「よう…無様じゃねーか、天才ゲームメイカーさんよ」

何を言っていいかわからなくて得意の皮肉を並べる。しかし、何処か上滑りしているのは自分でも自覚があった。
俺の声が届いているのか、理解できているのか、鬼道はゆっくりと手を伸ばしてきた。え?俺に?そりゃ一時期よりはまあわだかまりっつーのはねーのかなって思うし、ある程度協力的なプレイをするようにはなったけどそれはサッカーに関してだけでプライベートまでさらけ出した覚えはないぞ。
慌てる俺を置き去りにして、鬼道は俺の手を握る。触れた所から熱が伝わってきて、どれだけ熱いのかを知らされる。
低体温の俺の手が気持ちいいのか、いくばくか柔らかくなった表情を向けられる。

これはまずい。脳の奥で警鐘が鳴る。囚われる。

慌てて繋がりを断ち切ろうとした俺よりも早く、繋いだ手を更に熱い頬へと誘う。苦しさから冷を求めているだけだとはわかっているが、わかっているが心臓が跳ねた。

そして、次の瞬間
心臓が止まった。


「そう、すい…」


今まで見た中で一番柔らかく微笑んで呟かれた名前は故人の。
一気に全身から冷や汗が吹き出す。そのまま、すうと眠りの世界に入った鬼道から必死に離れる。

ああ、こいつは…なんて…なんて呪縛に囚われているんだ…。
(しかも、それを自分で望んでいるなんて…!)

目を見開いて必死に鼓動を落ち着かせる俺の前―鬼道が寝ているベッドの隣に、影山の亡霊が見えた。

(同時に酷く胸が苦しくなったのは、何故だろう)


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