■再会は、影と
夢の中で影山に会った。
目覚ましの音で目が覚めた。
広いベッドの上、隣で寝ていた夏未は先に起きてしまったようだ。
朝日が程よく差し込んで、円堂の覚醒を促す。
未だ靄の掛かった頭で、起きる直前に見た顔だけははっきりしていた。
「…なんで、影山?」
おもわず誰もいない空間に疑問を投げてしまった。
10年前に関わりを持った彼の事は印象的だ。
忘れる事はないだろう。
しかし、夢にまで見る程彼について知る事は少ない。
しかも10年も経った今になって何故。
円堂は首を傾げながらもベッドから起き上がる。
寝室の扉を開けると台所の方から朝食のいい匂いが漂ってきた。
それにつられるように、円堂は台所へと足を向けた。
「おはよう、なんて顔してんのよ」
振り向いた彼女はいつもと同じ口調でうかない顔をする円堂を責める。
1年前に結婚した事を証明する銀の輪が左の指に変わらず光った。
「ああ…」
「今日から雷門の監督でしょ?しっかりしなさい」
わざわざ気を使ってくれたのだろう。
円堂の前に置かれたのは彼女が初めて作った料理。
少しだけ歪なそれは懐かしい日々を思い出させた。
「そうだな…」
あの時よりも随分と料理の腕を上げた彼女に10年という時を見る。
それを思うとやはり今朝の夢が引っ掛かった。
「あ、あのさ今日の夢に影山が出て来たんだよ」
「え?影山?」
予想していなかった名前に夏未の声が裏返る。
洗い物をしていた手をわざわざ止めて前に座った彼女に、円堂はどうしてか付き纏ってくる靄をぽつぽつと吐露した。
「そーなんだよ、それがさー、なんかやけに難しそうな顔しててさ」
円堂の夢に現れた影山はイタリアで亡くなった時の格好ではなく、帝国学園の総帥の姿で彼の前に立った。
口元はきつく結ばれていて、眉間にはうっすらと皺が寄っていた。
黒い硝子で覆われた瞳の色は見えなかったが、それが円堂を確かに映している事だけはわかった。
「なにそれ。鬼道くんの所に現れるならわかるけど」
確か命日でもなかった筈だ。
夏未は指を数えて、もう朧気になってしまった彼の人を思い出す。
「だよなー、…鬼道、どーしてるかな」
かつて同じフィールドでひとつの球を追いかけた姿を思い出す。
イタリアのチームに所属している彼は今は引退してしまったヒデナカタの再来と言われるスピードでその名を世界に響かせた。
適格な指示と圧倒的な支配力、そしてその存在感に固定のファンも多いと聞いた。
そういえば、ここ最近はテレビでも見ていない。
「イタリアで頑張ってるでしょ。ほら、アナタも早く支度して!」
「あ、やべ」
言われて時計を見れば時刻は既にぎりぎりの所。
初めから遅れては今後が思いやられる。
慌てた円堂は最後の一口を押し込んで、食卓を立った。
再び、影山が現れた。
しかし今度はその理由を円堂は理解してしまった。
(ああ、そうか。そういう事か)
理解などしたくなかった。
わからなければ、知らなければよかったと珍しく後ろ向きな考えをした。
背を向けた鬼道の隣にゆっくりと彼の人が立つ。
難しい顔をした彼は、サングラスの向こう側から必死に円堂に訴えた。
(これを私は望んだ訳ではない)
(円堂守、なにをしている)
(早く、鬼道を助けてくれ)
黒の向こうから、地獄の淵から必死に訴える彼の願いは唯一。
しかし、無情にも鬼道の背中はどんどん小さくなっていく。
(無理だ…悪い、無理だよ、影山…)
引き止める言葉を円堂は知らない。
彼の隠された瞳に映った決意もわからない。
どうにかしたい気持ちだけが空回りして、膝が震えた。
鬼道は昔から頑固だ。
それは、己が貫く信念に対して決して意志を曲げないという意味で。
何か考えがなければ鬼道が帝国の総帥になる訳がない。
しかし、その考えは誰も知らないのだろう。
いつだって彼は全てをひとりで抱え込んで、全てをひとりで片付けようとする。
それは、円堂に対しても同様。
(もし万が一にもアイツを救える奴なんて)
(お前以外いないだろ…)
決別して、憎んで、それでも惹かれ合って。
鬼道が抱く感情の全てを一身に受けた彼は残念そうに肩を落とした後、ゆっくりと円堂に背中を向ける。
闇に溶けるように消えていった幻は酷い敗北感を残していった。
「ちくしょう…っ」
握った拳を振り上げた。
行き場のない感情がひとつ闇にこだました。