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罰の悪そうな顔をして遠慮がちな手つきで携帯を向けられた。

「その、鬼道さんの番号消しちゃって…また教えてくれませんか?」

あ、別に鬼道さんの事が嫌いだとかじゃなくてですね、帝国の俺にとってキャプテンだった貴方はあまりに大きくて、で、あの、番号でも消さないと俺、まじ雷門には居られないって言う気持ちの問題で…別に本当貴方を嫌いになった訳じゃないんですよ?信じて下さい!だから、もう一回教えて下さいお願いします!

そこまで一気に言った土門は頭を深く下げる。その勢いに思わず笑いがこみ上げた。ああ、別にお前が俺を嫌いとかではないのはわかっている。むしろスパイに送り込んで苦労も掛けたというのに、またこうやって俺に番号をきいてくれる事が嬉しいくらいだ。

「別にそんなかしこまらなくていいぞ…?」
「いや…あの、なんか癖みたいなもので…」

締まりのない顔で笑った土門に仕方がないとため息を吐いて自らの携帯を向けた。赤外線通信の時間はおよそ5秒程度で済んでしまう。俺は別に消していた訳ではないから、一通だけで十分だった。

「ありがとうございます…」

俺、鬼道さんと一緒のフィールドに立てて嬉しいですよ?だって、帝国ではずっと二軍でしたし、やっぱり佐久間や辺見のように貴方の役に「チームメイト」としてはなれずに雷門にきちまいましたから…。

そう言った土門の目には俺はまだ「帝国の鬼道」として映っているのだろうか。しかし、この雷門で過ごしていけば普通にチームメイトとして砕けてくれるだろうと予想している。雷門にはそういう強い力がある。帝国とは違う、不思議な強さを彼らは持っている。
その一員として今日から俺はフィールドに立つ。
何年も外したことのなかった帝国学園サッカー部キャプテンの腕のバンドを捨てて、あのユニフォームを捨てて、仲間も、チームも全て置き去りにして。

「しかし番号を消されていたとはな」

少しからかうように言えば、土門は急に真剣な顔つきになって俺を見た。

「だって、そうでもしないと…俺は断ち切れなかったんです…」

貴方を頂点としたあの帝国を。

「やり方は間違っていると言いましたが、俺は貴方の指導が好きだったんですよ」

そうでなければスパイなんて出来ませんって。
そう言って笑った土門の言葉がひとつの影を思い出させる。
築いた全てと共にあの学園に置き去りにしてきたひとつ。
毎日、朝と夕方には絶対に足を運んでいたあのほの暗い部屋は今でも無人のまま「彼」の帰りを待っているように見えた。現在、主要メンバーを世宇子に潰された帝国サッカー部は自主連を繰り返させている。仕方がない。しかし、もしあの方があの部屋にいたならば―こんな敗北を見せつけられないで済んだのだろうかと一瞬でも考えてしまった自分に吐き気がした。
彼がどれだけの人間か―俺は知らない。俺に向けられた温かな手と確かな地位、そしてサッカーへの、勝利への異様な執着しか、彼を知らない。どれだけ悪だとわかっていても、彼への敬愛が踏みにじられても、それでも過去に一度差し伸べられた手が忘れられずにいつまでも幻を追いかけている。

「…鬼道さん?」

黙り込んでしまった俺に土門が不安そうに声を掛けてくる。決別したと口では言っているのに、彼のやり方が嫌いだとあれだけ宣言したのに、思い出というのは美化されて困る。

「なんでもない…いこう。円堂が待ってる」

バスの前で大きく手を振る円堂が俺達の名前を呼んだ。いまいく、と土門が先に走り出した。
俺も、と後に続こうとした瞬間ふと手に握った携帯の存在を思い出した。
二つ、三つ操作を繰り返して電話帳を開く。一番初め、001よりも初めの、000。

『影山総帥』

この携帯を持ってから着信履歴からも発信履歴からも、メールの送受信ボックからスも、この名前が消えた事はなかった。むしろ、彼との繋がりのためにこの機械はあったのではないかと思える程に、連絡を取り合っていた気がする。今でもまだ、スクロールを繰り返せばあの頃の名残が見つかるだろう。
あの日から途切れた貴方の名前。

『そうでもしないと断ち切れなかったんです…』

土門の言葉がふと蘇る。雷門への罪の意識、帝国への背徳感、それに挟まれた彼は帝国を断ち切るために俺の番号を消したという。
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このデータを、削除しますか?

「はい」を選べないのは、俺はまだあの人を。


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