■ポロメリア(2)


「ヤマトっなにしてんだよっ」

今日も空は重いほどの青。太一は今朝もいつも通り家をでた。
そして、いつも通り親友ヤマトを仰いで見たのだったが…。

「あー、昨日暑くて知らねぇ間に脱いでたみてぇ」

洗濯物を干す彼は、白い肌を惜しげもなくさらしていた。
太陽の光にあてられて、ヤマトの白い肌は金髪とおなじくらい輝いていた。
上半身裸の彼をみて太一は真っ赤になった。
それは自分でも何故かわからない気持ちだったけれども、とにかく他の誰にヤマトのこんな姿を見せてはいけないと思ったのだ。

「お前のファンが隠し撮りしてるかもだぞっ」
「まだ作って間もないバンドのファンなんているもんか」

いっぱいいっぱいな太一と対照的に余裕の笑みで皮肉たっぷりに返すヤマト。
ヤマト自身鈍いせい自覚がないからわからないかもしれないが、すでに中学には彼のファンクラブはできている。
裏ルートなどで写真の売買もされているようだ。
友人に頼んで太一も見たことがあったが明らかに隠し撮りだったのだ。
太一はその時も、今とおなじようにいっぱいいっぱいになったのを覚えている。

『おれ、どうしちゃったんだろ』

すでに洗濯物を干し終えたヤマトは太一に「また学校で」と告げると中に入ってしまった。
それでも、太一はまるで魔法でもかけられたかのようにそのままそこに突っ立っていた。
胸が熱い。まるでエンジェウーモンの光の矢を射られたときのように―――。

『そういえば、あの時もヤマトが隣にいて…』


繋いだ手はとても優しかったのを覚えている。










その日の朝練で太一は最悪なことをやらかした。
それを今朝のヤマトのせいだといってしまえばそれまでなのだが。
ヤマトの事を考えてぼーっとして頭が回らなかったのだ。
ボールを奪おうとして、謝って期待の新人羽賀の足をスパイクで思いっきり蹴ってしまった。

「ごめんっ俺、なんか今日おかしい…」
「気にすんなよ八神。これくらどってことないって」

慌てて謝ったが時はもとにはもどらない。微笑む羽賀だったが額には油汗が浮き出ていた。
それは怪我があまりよくないものであるのを知らせるもの…。
羽賀はそのまま救急車に運ばれ、病院へといった。
去り行く救急車の音は暗雲を呼ぶのを予想させたのだった。










三時間目が終わったころ、松葉杖をついて学校へときた羽賀に太一が慌てて駆け寄った。

「大丈夫なのか!?」
「何針か縫ったけどもう大丈夫だよ。でも、当分はサッカーできないなあ…」

痛々しいその姿は太一に罪悪の念を感じさせたが時間はもとにはもどせない。

「俺、羽賀の分までサッカー頑張るから…」
「そんな気にすんなって!俺は生徒会の方もあるしさ」

ぽんと肩を叩いた羽賀はそのまま教室へと入っていった。
太一は明るい羽賀に救われたかのようにほっと一息ついて自分のクラスへと戻っていた。




クラスへ入ると、クラスメイトの目が痛かった。
あれだけ騒がしかったみんなが太一が入った瞬間いっきに静かになり、太一へと非難の目を投げかけた。
そこで太一は悟った。羽賀は怪我のせいでサッカーを中断することになる。
それはおのずと9月の一軍メンバー選抜に影響するだろう。
羽賀がいなくなった今、必然的に太一は一軍入りとなる。それは全校生徒が知っていることで。
太一は自分が一軍に入りたいがゆえにわざと羽賀の足を蹴ったのではないかと噂されているんだと分かった。

「そんなこと…やる訳ないじゃないか…」

拳を握り締めたまま、唇をかみ、ついさっきまで一緒に笑いあっていた友達たちの白い目をやりすごすことに心を決めた。



それでも、



授業中にひそひそと噂される声
弁当を一人で食べるという気持ち
練習にいこうとしても動かない足
いつも回りに人が絶えなかった太一にとってそれは拷問のような空間だった。










「太一?」

夜8時。ヤマトはバンドの練習を終わらせて自宅へと帰った。
頭のなかは今日の夕飯の内容と明日の朝食の下ごしらえについて。
冷蔵庫の中身を思い出しながら毎日のようにあがる階段をあがった先には、太一が自分の家の扉の前で膝をかかえて座っていた。
太一がうなだれている姿をみるのは初めてではない。しかし、どうみても様子がいままでと違った。

「なにしてんだよ、ほら、入れよ」

目が合ってにへらと力ない笑いを浮かべるだけだった太一がうなづいて自分についてきた。
一言も口をきかないこの状況にヤマトは不思議な感情にとらわれたが、いまはそれよりも太一がなぜこうなったかを聞き出す必要があると思った。
太一にとっては勝手知ったる石田家だ。
それなのにずっと立っている太一の手をヤマトがひいて、ソファにすわらせると紅茶をつくりにキッチンへと戻った。
やかんを火にかけながらヤマトが横目で太一をみると、彼はさっき自分が座らせた位置からまったく動いていないとわかった。
はあと1つ溜息をつきながら、なにがあったのか頭をめぐらしていくとクラスで噂されていたことを思い出した。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて覚えていなかったことだ。
しかし、太一のクラスでそれが噂されていたら―――けしてひとりになれているわけではない彼にとってそれは過酷である。
孤独の寂しさをしっているヤマトは自分のことのように悔しくなって唇をかんだ。

「ほら、飲めよ」

ミルクと砂糖を多めにいれた紅茶をしっかりと太一の手に握らせる。
ヤマトはなにもいれないストレートの紅茶をもって、太一の隣に腰掛ける。
ヤマトが座ったのを確認したのか、太一はヤマトの肩にこつんと自分の頭を乗せてきた。
珍しいこともあるもんだなとヤマトは勇気の欠片もなくなってしまった太一の瞳をみる。
いつもの豪快な太一とはまるで別人のようだ。
ちびちびとミルクティーを飲む彼は弱りきった犬のようにみえた。

「お前のことだからさ、俺がどーしてこーなってんのかわかってるよな」
「ああ」

ようやく太一が口をひらいた。
それに少し安堵しつつも、問題はここからなのだとヤマトはいつもの調子で答えた。
太一は半分ほど飲んだカップのぬくもりをもてあそぶかのように両手で包み込む。

「俺がそんな考えもってるわけないじゃん…」
「そうだな」
「なのにさ、あいつらみんなして俺がいかにもみたいな顔しやがってさ…」

相当無理をしていたのだろう。ヤマトはなぜ自分が早く帰ってこなかったのか今更悔いた。
こんな太一をみるのはめったにない。
小5の、デジタルワールドにもういけなくなったとわかった時以来だった。
それでも、それは太一だけではなく、ヤマトも光子郎も空も、
みんなが持っていた気持ちだったからお互いがお互いを慰めあって、きちんと心の整理をした。
しかし今回のは違う。
まったく理不尽なことで太一は周りからの白い目をくらったのだ。
昨日まで自分の周りに好んで集まっていたようなやつが一揆に態度を翻したのだ。
太一は優しい。
だからヤマトのように割り切ることができない。『しょせん人間なんてこんなもんだ』なんてけして思わない。
ヤマトはそれにいつも救われていた。
だからこそ、今度はヤマトが太一を助けるばんだ。
けして、こいつにもうこんな思いさせねえ。
そう誓ったヤマトは涙をこらえている太一の茶に手を置き、昔タケルにやったかのように頭を撫でた。

「大丈夫だ。俺はお前を信じてる」
「ヤマト…」

糸がきれたかのように太一の目からこぼれる涙にヤマトは決意を固める。

「心配するな。3日でケリつける」

まるでデジタルワールドにいたときに敵にむかっていくかのようにヤマトは強い口調で太一に言った。
空は朝の青が嘘のように、闇の中に銀が降っていた―――。


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2007/07/10


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