■ポロメリア(1)


「いってきまーす」
「こら太一っ、自分の食器くらい下げなさい」

母親が寝ぼけ眼で朝食を食べ終えた太一へと大きな声をあげる。
しかし、太一にとってそれは日常なのでそのまま無視して側にあった鞄をとって玄関へと向かっていく。
サッカー部の朝は早い。
一年生である太一には朝練はどんなことがあってもさぼるわけにはいかない。
先輩たちは厳しい上に、これに慣れない限りはレギュラーにはなれないのだ。
入部したてのころはこの習慣がつくまで体がゆうことをきかないで厳しかったのだが、6月になった今では慣れっこだ。
暦の上では梅雨という状況なのに今年は快晴が続いている。
今朝も太一が飛び出した先にひろがるのは真っ青な空。

「デジタルワールドみてぇ…」

ぼそっと呟く声は誰の耳にも届かない。まだ人もまばらな朝6時の道を学校へと向かって歩く。
途中、思い出したかのように上を見上げる。
太一が見上げた先には金。その金を今日もみつけてにっこり微笑む。
金の正体は太一の親友のヤマトの髪だ。
クウォーターであるヤマトは天然の金髪で蒼い目をしている。
父親と二人で住んでるため家事全般をこなせる美少年である。
そんな彼がなぜこの時間にベランダにでているのかというとバンドを組んでいるためか、
小学生の時のように余裕がないため洗濯物を毎朝この時間に干しているのだ。
中学にはいる前から伸ばし始めたその髪は、風にふかれてきらきらと輝いていた。
この時間にヤマトが洗濯物を干すというのを知っているのは太一だけの秘密だった。
毎朝この時間に家をでれば、ヤマトの姿をみることができる。
それだけで彼の早起き癖は簡単についたのだった。

「おーい、ヤマトぉ」

太一が下から声をかけると、日常のようにヤマトが手をとめて下をみる。
そして太一をみつけると微笑んだ。

「おはよ、これから朝練か?」
「おう!なんたって期待のエースだからなっ。サボってなんかいられるかって」
「しっかりやれよー」

突き放すかのような言い方だが、その中に太一は彼の優しさを感じた。

「じゃ、また学校でな」
「ああ、じゃあな」

満足したかのような笑みを浮かべて太一は走って学校へとむかった。
ヤマトはそれを見送ったあと、残りの洗濯物を干して空を仰ぐ

「デジタルワールドみてぇだな」

先刻の太一と同じことを呟いたのは誰も知らない










「石田、ほんと頼むよ」
「だーかーらぁ…俺はバンドも家事もあって忙しいわけ」
「それを承知で頼んでるんだって!このとーり!」

長い午前の授業が終わり、生徒達はやっと昼食にありつけると教室中が騒がしくなる休み時間、
ヤマトは窓際の席で同じクラスの羽賀に頼まれごとをしていた。
羽賀はサッカー部の一年生。短髪で茶髪の男前な彼は太一と並んで期待の新人と言われている。
その期待のエースはわざわざ先輩じきじきの願いのようで、
生徒会も一年の一学期にして受け持っているという文武両道のクールな男だ。
ヤマトとの接点はなにもなかった。
しかし、太一を通してヤマトの事をきいていたらしく、ヤマトにとって初対面の時にも全然気兼ねなく話せる人間だった。
もっとも、お互い名前と顔くらいは知ってはいた。なんせ目立つ二人だ。
かたやサッカー部期待ルーキー兼生徒会、かたや金髪碧眼のバンドボーカル。
そんな羽賀は生徒会の事でヤマトに願いがあるといって今、こうやってヤマトの前で頭を下げているのだ。

「ほんとその一日だけでいいからさ!」
「ほんとーにだな!?」
「ああ、約束する!そしてお前のバンドに文化祭で一番良い時間帯ステージあけるって!」
「よし、その話のった!」

交渉成立したのかヤマトは羽賀の手をとって喜んだ。
そして、なんとか願いを聞き届けてもらえた羽賀もヤマトの手をとり礼をのべた。
しかし、いささか疑問がのこるためヤマトは朝の残りをつめた弁当を鞄から出しながら喜びをかみしめてメールを打っている羽賀に問う。

「なんで俺なんだよ。そーゆーの太一とかの方が向いてるじゃん」
「あー、八神でもいいんだけどさ、それじゃあ面白いだけじゃん」

俺だと面白いだけじゃなくてなんになるんだよ。とヤマトが心の中で突っ込んだのが聴こえたのか、
羽賀はその後に言葉を補足する。

「今年は本格的にやりたいんだって。みんなが息を呑むくらいの」
「だったら空とかいるじゃん」
「んー、石田だからいいんだよ。ま、放課後よろしくな」

いまいち煮え切らないヤマトを残して羽賀は購買へパンを買いにいってしまった。
なんだか自分がおちょくられている気がしていささか不機嫌になったヤマトは弁当をつつきはじめた。

「よっ、相変わらず美人だね」
「…俺はいますっげえ気ぃたってるんだ。寄るなよ」

ベランダを通じて隣のクラスの太一がヤマトに絡みに来た。
彼はもう食事を終えたのか、下の自販機で売っている紙パックのジュースを飲んでいる。
ふと、ヤマトは自分の手元に水分がないことに気付いた。
そして、さっきから自分のテンションとは裏腹に一人で喋り続けている男の手元を自分の口元に無遠慮に持っていき、ジュースを飲む。

「おい…ヤマト…」
「俺の時間を買うには安いと思うけど?」

いきなりのことに驚いている太一にしてやったりという笑みを浮かべた。
こうゆう時のヤマトはとても扱いづらい。
一度自分のペースに持っていかれると太一がヤマトに勝てる技は限りなく零に近くなるのだ。
また、ヤマトもヤマトで太一をはめてやったという思いがそのまま波にのり、太一の言葉の裏をかくのがうまくなる。

「あーあ、今日も俺はヤマトに勝てず仕舞いか」
「ばーか、永遠にだよ」

デジタルワールドで築きあげた友情はそう簡単には崩れない。
この時、ヤマトが『永遠』と言ったのは本気でだった。
ヤマトは幼いころに両親の離婚を体験している。この世に『永遠』などがないことは重々承知だ。
それでも、ヤマトは信じていた。太一との友情だけには『永遠』があることを。
いつか、大人になってお互いがそれぞれの相手と恋に落ちて結婚しても絶対に崩れない、崩さない自信がヤマトにはあった。


その自信は、終わりへの第一歩だとも知らずに
ただ、『永遠』を信じていた


「今日も無駄に暑いな」
「ほんとにな」

自分たちの背中に落ちてくるかのような青が
それぞれの目に映った姿は――――。


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2007/07/06


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