■茜の空がいきつく果ては(9)


茜の最後の一欠けを飲み込んだ闇に月が優しい笑みを浮かべて浮かんだ。
泣き止まない空の背を抱えた丈に続いて光子郎が、タケルが、ヒカリがその部屋を去り、そこには太一とヤマトが残る。

「太一…」

この3ヵ月間会えなくて、言葉も交わすことができなくて、それでも愛していた者へとヤマトは遠慮がちに声をかける。
空たちが去っていった玄関から視線をヤマトに移した太一は、ゆっくりとした足取りで一歩一歩確実にヤマトへと近づき、力の限り抱きしめた。

「ヤマト…よかった…」
「ごめん…」

安堵から青から零れる宝石を指で拭う太一は自分の腕にやっとヤマトが帰ってきた事を実感した。
この事件を起こしたのが空というのに大きなショックを隠せないながらも、ヤマトに惹かれた事には同意をしてしまうあたり、相当ヤマトに入れ込んでいると自覚する。
3ヵ月前となにも変わらない白い肌と青い目、そして金の髪にこれ以上の事がなくてよかったとあらためて安堵する。
そして再度腕の中にヤマトがいるのを確かめるように強く抱きしめた。

「ヤマトが、好きだよ。もう離さない」
「たいち…」

再び交わされた誓いと同じように強く、口付けを交わした。
先ほどまでの黒い闇の心は優しい月の光に溶けた。










「ヤマトには私しかいないって思ってたの」

同じ月の光の中、手近にあった自販機で買った温かい紅茶を渡した丈は空の隣のブランコに腰掛けた。
手の中の紅茶を少し弄んだ空は、先ほどヤマトの家で飲めなかった紅茶を思い出す。
おそらくこの缶の紅茶はヤマトがいれたのよりは美味しくないのだろうと頭の片隅で思うも、丈の優しさに心が溶けた。

「愛情の紋章を持ってるのは私だし、ヤマトをほおってはおけなかったのに」
「ヤマトは太一と一緒に歩いてたわ」

親離れをした子供のようにヤマトの事を言う空に、丈は月と同じ優しい笑みを浮かべて空に答える。

「ヤマトは自分の足をちゃんと持っているんだよ」

ヤマトはデジタルワールドでの冒険からきちんと自分で立ってあるいていた。
その前は歩く「ふり」をしていただけだったけれども、そうではなくて本当に力強くたって居た。
それに太一が関係していたといえばそうなのだが、太一だけではなくてあのメンバー全員がいい方向へと働きかけたのだろう。
あの世界でなくしたものも大きかったけれども、得たものはそれ以上だった。
どの誰に聞いても同じ答えしか返ってこない事実をあらためて丈は空へと問いかける。

「君の愛情の紋章は本物だよ」
「空くん、君があの世界で得たものはそんな安っぽい絆じゃないだろ」

たとえどんなに離れていてもけして切れない絆を作り上げたのは紛れも無い自分達。
それを信じきれずに盲目的な行動に出てしまった空を責める訳でもなく、ただ優しく答えを問わない問いをかけた丈に空の橙から雫がおちた。

「ヤマトは…太一は許してくれるかしら」
「当たり前だろ。ヤマトのクリスマスライブ、皆でいこうよ」

丈にはないている女の子の涙を拭く甲斐性がないことはよくしっていたから、
空は自分の指でその雫を拭うと一ヶ月後のライブにはヤマトになにか差し入れをしようと心に決める。
そして、まだ本人へは向けられないけれども月には向けられた言葉を小さく呟いた。


「ごめんね。でも、好きだったの」











体を繋げるわけでもなく、ベランダを開け放してふたりで一枚の毛布にくるまって
ヤマトのいれた温かい紅茶を飲みながら、ただ静かに寄り添いながら空を眺める。
茜を飲み込んだ闇は小さな宝石を散らばして夜をはべらせていた。
なにを話すわけでもないけれども、こうして隣にあるべき人がいる事がとても嬉しくて幸せだと感じた。
時々思い出したかのように愛の言葉を囁く太一に、珍しく素直に答えるヤマトがいた。

「なぁ太一」

ヤマトからの呼びかけに優しい茶色の瞳を向ける。

「側にいて」

狭い毛布の中でヤマトの肩を抱いてより一層近くに置いて。
ようやく太一は泣くことができた。
長い闇が明けはじめたのか空から宝石がなくなっていく。
闇に飲まれたかと思われた茜が街を照らして光を放った。
寒さの中に差し込まれたその温かい茜は、空を思い出させてヤマトの瞳から一筋涙が頬を伝う。
空の隣は確かに温かかったけれども、それでも太一の側にいたいと強く願った。
茜の光よりも、隣の太一の体温が温かかった。


2007/10/20


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