■茜の空がいきつく果ては(7)


愛をもって交わされたわけではないそれをしっかりとその目に焼き付けた彼はきびすを返し、中学校の方へと来た道を帰る。
まだ遅い部活は掛け声をあげてグラウンドを駆け回っている時間帯だ。
途中で出会った気の合う彼女もつれて、彼は瞳に怒りを宿してその道を突き進んだ。
先ほどの光景をみた彼に浮かんだ感情はただ、ただ、怒り。
太一と交わされるそれや、ガブモンに対したそれには嫉妬やねたみが入り混じっていたが、空とのそれには純粋なまでの怒り。
これが意味している事を怒りに沸きあがった頭の片隅で理解した彼は、その真意を確かめるべく、一番の関係者へと進路をとった。
白と黒の球をその足でゴールへいれても、うかない顔をしていた彼をみつけると、その青い瞳を歪ませて走り出す。
水道場で頭から水をかぶった彼に、ひとつ重い拳をいれると首元を掴み、額をあわせた。

「どーゆうこと?太一さん」
「タケル…お前…なんで…」

太一の目の前に現れたのはヤマトに似てはいないが流れる血が同じだという事を示す青と金を持ったタケル。
そしてその後ろに控えているのは自分の妹であるヒカリだった。
掴まれたシャツをみて、襟ぐりが伸びてしまうことをうっすらと考えていた太一だったが、タケルが再度強い力でこちらへと引き戻す。
そして再度同じ質問を投げかけ、太一がそらした顔に拳を突き出す。

「お兄ちゃんと空さんがなんで一緒なの!」

タケルの怒りに満ちた青に太一はその茶を見開き、その言葉に返すものを探したが、みつからない。
アキラやユタカなどの中学校からの付き合いであれば隠すことも容易だったが、タケルは自分たちと一緒にあの冒険を乗り越えてきた仲間だ。
そして、ヤマトの弟でもある。
太一は、嘘をつく理由も見つからず、それでも言ってしまって変わる状況が怖くて、弱い涙を流した。

「お兄ちゃん…何があったの?」

自分の妹のヒカリの言葉に、ついに太一は今までの事を全て口にした。










「へえ…僕のお兄ちゃんにそうゆう事する人がいるとはね…」
「でも、内容的にお兄ちゃんを狙ってるみたいなのにね」

全てを洗いざらいに吐いた太一にタケルとヒカリが第三者の目からの見解をする。
脅迫状やヤマトを追い詰めることから考えて、確かに相手の狙いは太一なのだろう。
太一に恋焦がれて隣にいるヤマトとの関係に気付いてヤマトへの行動にでた。
それでも、太一へのモーションがまったくといっていいほどない。
それは、果たして「恋」なのだろうか。
ヤマトとの関係を絶たれた事に同様していた太一だったが、タケルたちに改めて今までのいきさつを話すことで冷静さを取り戻してきたのか
ところどころピースが一致しないことを改めて思い出す。
そして、タケルが発する言葉が欠けたピースを埋めていく事となる。

「でも空さんとキスするのは必要ないよね」
「空と…キスだと?」

目をみひらいてタケルの言葉に信じられないといった反応をしめした太一にヒカリがひとつ肯定の頷きをおくった。
確かに、ふたりの目の前で彼らふたりは形だけではあるがその行動をした。
その事実は太一に大きな鉛となって心へとのしかかる。
練習中であった太一はくるりとふたりに背をむけると、監督に体調不良を告げ、答えを聞かずにそのままクラブハウスへとふらふらと足を運んだ。
その後ろ姿にいつも強気の監督ですら何も言えず、気をつけろと言ってその場を収めた。





「お兄ちゃんと空さんかぁ…」

ふらふらな太一の後ろ姿を心配そうに見送ったヒカリにも隣をすすめたタケルは側にあった花壇へと腰をおろした。
タケルもヒカリも空の事はよく知っていたから、偽りの関係上でヤマトとキスを交わす訳に戸惑っていた。
ヤマトの偽の恋人になるという大役を自分から名乗り出た事までは納得がいく。
愛情の紋章の持ち主でもある空が、ヤマトと太一が困っているから自分が憎まれ役を買うくらい世話焼きなのは知っていたからだ。
その「偽の恋人」からの枠からはずれようとしているその行動
口付けを交わすという事が一体どれだけの大きな意味を持っているかを知らないほど空は馬鹿ではないこともタケルとヒカリは知っていた。

「なんで空さんなのかな…」

タケルは俯いてしまったヒカリが呟いた言葉を反芻させる。
太一とヤマトの関係を知ったのは選ばれし子供たちであった者がほぼだった。
その中で女子といえばミミと空だったのだが、あいにくミミはアメリカだ。
消去法でいっても空しか残らない。
しかし、最初ふたりが相談したのは光子郎と丈だ。
空がふたりに降りかかった火の粉を知ったのはヤマトが倒れた所に居合わせたからで偶然だ。
そして、その会話の中で「偽の恋人」を作るという作戦の案を出したのは空だった。
それが意味する所にひとつの仮定を見出したタケルは、その青を見開き、太一が消えていったクラブハウスへと駆け出した。










『空とヤマトがキスをした』

レギュラーを示す番号が縫われたユニフォームを脱ぎすて、白のシャツに手を伸ばした瞬間、その光景がありありと頭の中に上映された。
ヤマトの金の髪が風になびく、空が自分のくせっ毛を手で後ろへと持っていく
ヤマトのそれを空のそれが重なる時、青と橙は静かに閉じる。
いつも太一がしていた行為だった。
いま、あの美しい金の隣にいるのは自分とは違う橙。

「くそっ…!」

ガンと、古いロッカーの扉を勢いよく閉めるとその止め具が外れ、太一の足元へと転がってきた。
部の備品を壊してはいけないと慌ててそれを取るために腰を下げた太一は、自分の瞳から落ちた雫に気が付く。
すぐにユニフォームで目を押さえるがその雫は止まらず、太一はしばらくそのまま床につっぷして、その冷たさに体を任せていた。
タケルがクラブハウスの扉を開け、涙をみせた太一の頬をヒカリがぴしゃりとひとつひっぱたくまで、その雫がとまることはなかった。
自分と同じように雫をその目に溜めた妹に叩かれた頬に手をあて、太一はようやく自分が弱かった事を思う。

「ヤマトさんの恋人はお兄ちゃんでしょ」

たとえ誰が空とヤマトが恋人同士だといっても、本当にあの金の側にいていいのは太一だけなのだ。
ヒカリの手にそれを思いだした太一の行動はいつもの調子をとりもどしたのか早かった。
携帯で光子郎と丈を呼び、いつも集まる時に使うコンピューター室を指定する。
通信をきった太一にタケルが彼と血の繋がった青に怒りと恍惚を入り混じらせて、その口元に笑みを浮かべて手を差し伸べる。

「僕はあなたが嫌いだ。それでも、お兄ちゃんを助けるために手を組むよ」

兄への恋慕を含んだ感情をもてあまし太一への恨み事も抱えながらも、その兄に脅威が迫っている事を知ってそれを助けたいと願うタケルのヤマトへの思いに
それはこっちもだと太一は敵に向かう時の笑みを浮かべ、タケルの手をとった。
あわさった手から伝わった強い気持ちは同じ。










役がコンピューター室に揃ったところでタケルが自分の推測を話して聞かせると意外にも丈が一番初めに頷いた。
事情が飲み込めず、得意のパソコンを打つ手も止まっていた光子郎は丈に少し非難が入り混じった視線を投げた。

「おかしいと思ってたんだ」

直感でしかないけれど、と弱気にいう彼だったがけしてありえないことではない。
ただ、自分達が少し甘かっただけだという丈に光子郎は決心したように頷くと時を待つようにと指示をだす。
甘さを捨てた彼らの道は明るかった。
心配は誰もしていない。
すぐに時が満ちるのがわかっているから。


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2007/10/15


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