■茜の空がいきつく果ては(6)


噂は千里を駆け巡る。
それを確かめるべく本人達に問う勇気あるものも数名出てくる。
問われた本人たちの反応は正反対ではあったが、否定をすることはなかったため周りはそれを真実だと受け入れた。
それでも、それを受け入れる術を知らぬ人物たちが本人たちではなくて太一へと向かっていた。

「どーゆう事だよ…八神…」

調子者でへらへらした顔をして、遊びと音楽と女の話題への食いつきが早くて
そしてなによりもヤマトと共にする時間を大切にしている仲間たち。
一見丈を匂わす風貌であるリーダーのアキラの眼鏡の奥が光り、太一を突き刺す。
鋭いそれをむけられた太一の顔は切羽詰っていて、それを隠すかのように眉間に皺をよせてアキラの光を跳ね返す睨みをきかす。

「ふたりとも少しおちついて…」
「でもなんで石田と武之内が?」

あまりに険悪な太一とアキラをとめるためにユタカとタカシがいつもの笑顔をむけるがその口元はひきつっている。
今まで太一とヤマトの関係を間近でみてきた3人だからこの展開の意味がわからない。
太一とヤマトの異常ともとれる関係をきちんと自分達の目でみた上で認めたからこそ、ふたりが離れるという事態に納得がいかない。
そして、なによりもヤマトには太一しかいないことがはっきりとわかっていたから。
彼らのその気持ちも太一には痛いほどわかっていたが、ここで本当の事を話せばいつ何処で漏れて、この作戦が失敗してしまうかもわからない。
太一だって断腸の思いでヤマトを切ったのだ。だから、ここで全てを泡にすることなどできない。

「ヤマトが空を好きっつーんだから仕方ないだろ…」
「嘘だ」

太一の言葉は直ぐに否定に切り返される。
まるで引くことを知らないアキラに限界を感じた太一は手を伸ばす。
胸倉をつかまれてもその目の光を太一へと向けたアキラは、強かった。

「じゃあ、どうしてお前は泣いてるんだ」

言われた刹那、体中から力が抜けていくのがわかった。
アキラの問いで初めて自分が泣いていることに気付いた太一は頭をかかえて、とまらない涙を堪えるその姿に彼らは痛々しさを感じた。

「おれらは…お前達が一緒にいるのが好きだったよ…」

ユタカのその言葉は、ふたりの関係がけして間違ったものではないと証明していた。
それでも、ヤマトを傷つけるものがある。それは太一がいるから起こることで。
ヤマトをなによりも大切に思う太一にそれは耐えられなかった。
彼らだってどれだけ太一がヤマトを大切にしているかを知っているから、これ以上深く追求することはできなかった。
ただ、優しいその茶の隣にあの金が帰ってくることを願う事しかできなかった。











その日、空は朝からひっきりなしに自分のもとにくる訪問者の数に、ヤマトがいかに周りに注目されていたのかを改めて思うことになった。

「ねえねえ、石田くんと付き合い始めたってほんとォ?」

けして可愛くないわけではない女子たちのお決まりの台詞は何十回ときいた。
空はこの結果にほくそ笑み、幸せいっぱいの笑みをつくって大きく肯定の頷きを贈った。
その幸せそうな表情に祝福をおくるものもいれば、挑戦状を叩きつけるものもいた。
そんな彼女たちを空はひとつ上から悠々と見下ろしている気分に浸る。

「あんたと石田くんはつりあわないわよ」

向けられた言葉のなかで一番多かった醜いそれに、空は余裕の笑みで答える。
その作られた笑みは綺麗だったが、恐怖を与えた。

「これがヤマトのためになるのよ」











いつも太一と待ち合わせていたところで今日からは空と待ち合わせる事に大きな違和感を感じながらも、隣で微笑む彼女をみてヤマトの胸に甘い気持ちがこみあげた。
あの恐ろしくも幸せな世界で冒険していた頃には気付けなかった空の愛情の深さに幼い頃の母をみた。
まだ、タケルとも離れ離れにならず、いつも笑顔で満ちていたあの頃に似て。
それでも空の気持ちが太一にある事はわかっていて、同時に罪悪感で胸を潰した。

『太一に誕生日プレゼント貰ったの』

はにかむような笑みで島根から帰ってきたヤマトへ髪につけたピンを見せた空は確かに太一を特別に思っていた。
お気に入りの帽子を脱いでまでそれを髪に飾った空に、初めて女を感じた。
だから、今空を自分の隣にいさせてしまうことに苦しい思いを抱えたが、空の笑みの真意はわからなかった。

「なあ、空…空は、太一が好きなんじゃないのか」
「太一?」

突然ヤマトの口からでてきた言葉に首をかしげた空は笑う。
そして化粧ポーチからまるでセンスのないそのピンを出すとヤマトへと向ける。
今時100円均一ショップでも売ってなさそうなこのセンスのないものをはたして太一が何処で手にいれたのかは知らなかったが、
これを空に上げようと思った気持ちを思い、更にヤマトの心を絞めた。

「確かに…あの頃は好きだったかもね、でも今となっては友情よ」

あの冒険でひとまわり大人になってしまってから、女と男としてみられるようになってから
一番近かったのが太一だったから好意のベクトルを向けてしまっただけで。
だから大丈夫よ、と空は綺麗に笑った。
ヤマトの青から少しばかり空への遠慮がなくなったのもつかの間。
空の橙がその青の目のまえに映った。

「そ…ら」
「静かに、さっきから私たちをみてる人がいるの…」

その言葉に先ほど以上にからだを硬くさせてしまったヤマトの首に空の腕が回った。
突然のその行為にヤマトの心拍数は上がる。
それは、太一と居る時のような甘い音ではなく警告を告げるもの。
それでも、その警告に従う事は目の前の空との関係と作戦全てを泡に帰すものになるため、できなかった。
ヤマトは、空のリップを塗られて光る唇が弧を描いて動くのを見た。

「これくらいしなきゃ疑われちゃうわ」

近づいてきたそれを、ヤマトは避ける事ができなかった。
空との口付けは女の味がした。
距離をなくしたふたりの異常をその影が映していた。
ふたりをみつめたその瞳に燃えあがるものの名はまだ知られる事がない。


→NEXT


2007/10/09


design by croix