■茜の空がいきつく果ては(2)


柔らかい笑顔を向けた光子郎の母への挨拶もおざなりに、太一は赤茶の髪の少年を求めた。
彼は、静かにブレインであるパソコンの前に座って、彼らを待っていた。
その真っ黒の瞳に、真っ青で今にも倒れそうなヤマトと真っ赤でいまにも世界を破壊しそうな太一を交互にうつして、ひとつためいきをついた。
ヤマトの金をひとなでして母に似た笑みを浮かべた後、ふたりをおちつかせるためにクッションを床にふたつ置いた。

「少し待っててください。今、飲み物持ってきますから。丈さんも直ぐきますよね」
「ああ、悪い。頼む」

太一にしたたかに寄り添い、ひとすじの涙を流したヤマトを横目で見て、光子郎はキッチンへと足を向けた。
光子郎にとって、太一もヤマトも恩人だ。特に先日自分に自信と勇気をくれたのはヤマトの友情だった。
一度深い闇にはまってしまったことがあるヤマトに救われたから、光子郎は今笑っていられる。
感謝以上の感激を光子郎はヤマトに抱いていたから、太一の一見相手をかえりみない連絡だって、静かに黙って頷いた。
太一はヤマトのことでしかああ取り乱さない。
長い付き合いである光子郎はそれを百も承知であったし、そしてなによりも、自分の恩人でもあり尊敬にも値する太一とヤマトには誰よりも何よりも幸せになって欲しかった。
義父と義母に向けるものに似たベクトルをふたりに向けていたのだと、透けて向こう側を茶に染めた麦茶をグラスに注いだ後、気が付いた。
4つのグラスが早々と汗をかき始め、光子郎の手を濡らした。
その雫は先ほどヤマトが流していたものを連想させ、光子郎の胸をきゅうと締め付けた。
三年前の同じ季節、ヤマトは宝石のように青い瞳をめいっぱい潤ませて太一へくってかかっていた。
そして、自分達との友情を確認した。
絆を引き換えにそれを流していたかのように、よくヤマトは泣いていた。
並べば光子郎の方が大人びていたかもしれないくらいに。
それが、あの夏が終わってからは、太一がずっと側にいるようになってから、ヤマトの目は潤むことなどまれだった。
かわりに穏やかな月の光の微笑みが与えられ、その光にたくさん癒されてきた。
ヤマトの涙など久し振りすぎたのだ。
だからこんなに不安になるのだと光子郎は納得のいかない、それでもそれで済ませてしまいたい答えを胸に置いた。

「ヤマトさん…今度は何が引き換えなんですか…」

宝石から落ちた雫は、なにを引き換えに取引を始めるか―――。










グラスの乗った盆とペットボトルを自室へと運ぼうと手をかけた瞬間、玄関のチャイムがひとつ鳴り、塾から早退を決め込んだ丈が先ほどの太一と正反対の態度で訪れた。
光子郎の母はそれをさきほどと同じように微笑んで出迎えた。
丁度お辞儀をした後、丈と光子郎の目があい、ふたり同時に盛大な溜息をつく。

「お待ちしてましたよ、丈さん」
「ああ、ヤマトの様子はどうだい?」

あの冒険をへて、本当の年上としての落ち着きと責任感をもった人物となった丈は早い時期からヤマトと太一の関係を知り、影ながら支えとなっていた。
特にヤマトとの友情は三年前の冒険でヤマト最初に紋章を発動させた時に確立したことからみても熱く、進学校に通うにもかかわらず他の仲間よりも定期的に連絡を取っていた。
そして、丈も光子郎と同じようにヤマトと太一には誰よりも幸せになって欲しいと切実に願っていたから
今日、受験生には大切な夏の塾を蹴ってまで光子郎の家まで古い型の自転車を走らせた。
遠慮がちに光子郎の部屋のドアをノックすると、直ぐに太一の切羽詰ったかのような声が返ってきた。
丈はそれでも眉を下げたままの困ったような微笑みをたやさずその扉を開ける。
丈をみた刹那、ヤマトの青に安堵の光が宿った。
それをみた太一が切ないながらも面白くない笑みをうかべ、光子郎がもってきた麦茶をいっきに飲み干す。
空になったグラスにペットボトルから新しい茶色い液体を継ぎ足すと、光子郎が口火をきり本題へと道は進む。

「で、心あたりはないんですよね」

ポストにねじ込んであったその封筒と中身の写真、奇妙なまでに手のこんだ警告を一通りみた光子郎はヤマトの青を真っ直ぐに見返した。
ヤマトは敵を作りやすい。
その眼光の鋭さに魅力を感じるものも数多にいるが、時々敵意と勘違いする輩がでてきたりする。
しかし大抵そういうやつは心にやましいことがあるため、ヤマトの光をみて神から戒めをうけるのではないかという錯覚に落ちるため
このような手の込んだことはせず、荒い暴力的なことに訴える。
腕っ節は小学生のころから太一と遠慮なくやりあってきたため強いヤマトはそんなやつらは軽々倒してしまうし問題ない。
この差出人はヤマトが精神的に弱いところを知っていてついている。
そして、太一の存在がヤマトのなかで大きくて、太一の中でもヤマトがすべてなのをよく理解していた。
そして相当の計画性と根気を持っている。
ふたりの関係が世間で受け入れられづらいのは百も承知であるから、外でキスをしたりじゃれあったりすることは周りを気にするしヤマトが嫌がる。
学校でのスキンシップはふたりの関係を知っている人がみればそうみえるが、知らない人にはただ仲の良すぎる親友同士がいきすぎたじゃれあいをしている程度にしかみえない。
最初からふたりの仲が親友ではないことを確信していなくてはここまでの写真など撮れないのだ。

「文面的にヤマトに敵意を凄い向けてる感じするけど…」

活字でかかれたそれを手に取り丈がうなりをあげる。
ヤマトには劣るが太一は女の子に人気がある。
明るく優しいサッカー部のエース。
そして、ヤマトはその美貌とバンド活動のためアイドルのように盲目的な愛を受けるが、太一は親しみがあるため優しい穏やかな愛をうける。
そのためか、太一が面倒ごとにまきこまれることは少ない。だからこそ、なぜここでヤマトに脅迫状が届くのかがわからないのだ。
合わないピースを埋めようと丈と光子郎はその持ち前の頭脳で多数の可能性を考えるがぴんとくるものはなかった。

「今はこれ以上被害を出さないようにするしかありません」
「とりあえず、学校ではふたりはあまり拘らない方がいいかもね」

写真をみていて、学生服姿が多いということは犯人は学校内にいるわけなのだから。
学校で喋らなくても少したちの悪い喧嘩をしていることにしておけば、周りの友人も納得するだろうし、家は向かいだから会おうと思えば会うことができる。
それに、今は文明が発達したおかげで携帯電話の電波に声を飛ばすこともできるから。
納得はいかないが、ヤマトの精神状態をみても、自分達の関係を崩したくないことからみてもそれを飲むしか太一には道はなかった。

「僕もいろいろ探ってみます。小さいことでもわかったら太一さんに連絡します」
「ヤマト、いつでも電話してきていいから」

ふたりででていくとまた犯人にみられているかもと、光子郎は近所のコンビニにいくという名目でついていくことにした。
自転車をキイキイきしませながら、丈がヤマトに微笑みをむけて3人に並ぶ。
光子郎の家をおとづれた時よりは安堵の色を顔に表したヤマトはその微笑みにこたえるかのように頷く。
彼の男性にしては細く白いその指は光子郎の家をでるその瞬間まで太一の手から離れることはなかったが。


赤を一欠けだけ残した群青の空がその広いキャンパスにひとつの宝石を灯し、黒い影を伸ばした。


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2007/09/04


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