■茜の空がいきつく果ては(1)


夏休みも終わりに近づき、ひぐらしの合唱が聞こえ始める午後4時。
ヤマトは金を風にのせて、イヤホンから流れる音楽を口ずさみながらスーパーからの帰路へとついていた。
その間にクリーニング屋で父親のYシャツを貰い、コンビニで少し立ち読みをして。
まるで彼を押しつぶすかのようにそびえたったマンションの間を、訳もなく慣れた表情で迷いなく歩く。
マンションのエントランスに入ると冷気が首筋を撫ぜ、快適を感じたヤマトはエレベーターを使うか迷いそちらに視線を送ったが
2階で留まっていたのと、彼の家は比較的地上に近いため、エレベーターは使わず銀の階段に右足をかける。
二段ほど上がった時にぽん、とエレベーターが1階についた音がしたが戻るのも面倒でそのまま階段を上がった。
ふんわりと香る薫りでおそらく降りてきたのは女性だとわかったが、気にも留めずにヤマトは自宅をめざす。
長い石の道を進むと見慣れた自分の家がみえる。
隣の5人家族であるそれとは違い、簡素な表札と遊び道具のひとつもないみなれた家。
それでも、ヤマトは帰れる家があることにありがたみを感じ、銀の使い慣れた鍵をいれてノブを回した。
その瞬間、ヤマトの青に白いものが写る。
明らかに中身がたっぷりつまっている分厚い白い封筒が、ポストの中にねじりこむかのように入っていた。

「なんだ?これ…」

ヤマトはそれを手にとり、裏にかえし、また表にかえす。
それには住所も書かれてなく、切手も貼られてなく、差出人も不明。
ただ、新聞紙を切り取った文字で『石田ヤマト様』とひとつだけ。
後ろ手にドアを閉めて中に入ると、ヤマトはダイニングのテーブルにスーパーのビニール袋とクリーニング屋の紙袋を乱暴に置き、その重い封を切った。
途端、ばらばらとまるで花弁が舞うかのように何枚も、何枚ものカラーが散らばる。

「なんだよ…これっ!」

そのうちの一枚を拾い見てヤマトの顔は差恥心からの赤と知られたことに対する青に色を変える。
家には自分以外誰もいないのに周りを確認し、急いでその写真をすべてかき集める。
どくどくと脈打つ心臓を止められないまま、震える手で携帯の掛けなれた番号を押して、震える声で助けを求めた。










「ヤマトっ!」

ほどなくして、向かいの棟で課題に頭をうならせていた太一が13階である自宅から文字通りかけおりてきた。
エレベーターを使う余裕もなかったのだろう。
たった2分の間に汗だくになり、息をあげて入った見慣れた景色に、太一は確かに大事になってしまったものをみた。
何枚も、何十枚もの束になったカラー写真。全て写っているのは自分とヤマト。
人に見つからないように口付けを交わしたところも
週末にデートしているところも
ヤマトのライブが終わった後に楽屋で話しているところも
太一の試合に応援にいっているところも
2人が寄り添っているところは全て見逃さないという執念を感じるくらいに嫌というほど2人の距離が近い写真ばかりだった。
困惑と怒りに可笑しくなりそうな太一にヤマトが無言で差し出した薄っぺらいそれは、宛名と同じように新聞紙の文字を切り取って繋げたもので。
その内容は、差出人は2人の関係をわかっていて、別れなければそれを全ての知人友人にばらし、ヤマトを殺すなどという脅迫めいたものだった。
がたがたと有り得ないくらいに震え、その綺麗な髪に爪をたて、長い足を投げだしているヤマトは明らかに自分との関係を崩されることに怯えていた。

「しっかりしろ!離れねぇって約束しただろ!」

一喝した太一はそのままジーンズのポケットから銀色の箱を取り出し、発進履歴から彼の名前をみつけ、呼び出し音を鳴らした。
コール音3回で彼は出た。が、切羽詰った太一には長い時間だったのだろう。

「今すぐお前の家にいくから!丈とヤマトも一緒だ!いいな!」

有無を言わさず光子郎にけんか腰に言った太一は横目で震えながら小さな声で丈に連絡をつけたヤマトをみて、力強く頷いた。

「ああ…ごめん、よろしく…」

対照的に力なくケータイをきったヤマトの腕を乱暴にひっぱり
ダイニングの机の上にあった白い封筒をかっさらい
太一は自転車の後ろに彼を乗せて勢いよく光子郎の家まで風をきった。

「ぜってぇヤマトだけはなくさねぇからな!」

誰かに高らかに宣言するかのように、太一は風に言葉をのせて足を動かした。
五月蝿すぎるほどのひぐらしの合唱はふたりの耳には届いていなかった。
空に茜色が差し込み、夏のおわりをつげる。


遠ざかる意識を必死に保ち 太一の腰を離さないよう
離れないよう
強く抱きしめたヤマトに
一瞬風にのって覚えのある香りがした気がした。


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2007/08/23


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