■愛を確認する一手段


改まったふたりのまえにどさりと音をたててそれは落とされた。
紙袋ふたつ、だいたいきゃべつが二玉はいるくらいの大きな袋だ。
その大きさに反比例してそれは結構軽く、中身がなにかを悩ませた。

「あの…ヤマトくん?これは一体…」

昔から腰がひけると敬語になる裕明は、目の前に無表情に立っている自分たちの長子を恐る恐るみた。
肩までの金の髪、綺麗な灰色がかった青の瞳、そして左手の薬指にひかった銀の輪。
その銀が自分たちの愛する息子がようやく得た幸せを意味している事をしって、心の底から安堵の息を吐く。
そして、自分たちも再び幸せをつくるための歩みを始めたのだと再確認をする。
裕明の元妻である奈津子に見合い話がふっかけられたのは五年も前の事。
それを前日になり奈津子との関係を証明するふたりの息子(プラスα)から聞かされた時に胸の中で弾けた秘められた想いは裕明を素直にさせた。
そして、けして間違いなど起こらぬよう、長い長い時をかけて温かい沈黙を作り上げ、裕明と奈津子はもう一度寄り添うことをきめたのだった。
そして、それを誰よりも喜ぶべきふたりの息子へとコール音を響かせた。
次男のタケルはまだ地元であるお台場のマンションに住んでいた為、すぐにとんできて満面の笑みを浮かべて「石田」をまた名乗ることに大きく喜びを見せた。
ただし、ペンネームは「高石」のまま通す意志をみせ、いままでのばらばらの期間に作り上げられた自分を大切にすることも聞いた。
しかし、お台場を離れ横浜に住み、職種も作詞作曲家でありながらも自分がボーカルを勤めるバンドもっていて、
冬のコンサートも近いはずなのに車をかっとばしてきた裕明と奈津子の長子、ヤマトはコートも脱がずに無言でその紙袋をふたりのまえに落としたのだった。
その無表情の後ろには太陽の笑みをもつ青年、太一もさも当たり前かのように寄り添っていた。
大学4年生の夏、太一から「ヤマトを下さい」と頭を下げられた時に真っ暗になった世界が裕明の目の前に広がった。
薄々は感づいてはいたのだが、やはりカタチになるとショックを起こした。
奈津子にもタケルにも太一は頭を下げたようで、彼の誠実さと自分の息子の幸せを願い、最後には裕明も折れたのだが、その道は茨の道でしかなかった。
それでも、太一の左手の薬指にもひかった銀の輪をみて、自分たちの決断はけして間違いではなかったと安堵の息を再び吐いた。
そして、心のなかでヤマトを幸せへと導く太一に感謝の台詞を呟いた。
更にまだそれを口にだすのは早いと思うくらい、自分が彼らに対して頑固な親父でいることに少し驚いた。

「これ、なんなの兄さん」

タケルの言葉にセピア色の思い出のなかにひたっていた裕明がかえってくる。
ヤマトの無表情な顔にかわりはなかった。
弟であるタケルの言葉に裕明と奈津子の前にある椅子2つをひいて、片方を太一へと無言で差しだし、自分はもう片方に乱暴に腰をおろした。
腕を組み、大きな態度をとったヤマトにひとこと親らしく叱ってやろうと裕明がした矢先、ヤマトが口をひらいた。

「親父と母さんがまた一緒になってくれるのはすっげー嬉しい」

いつも素直でないヤマトが第一声でその感情をいってくれたことに、裕明の涙腺は緩んだ。
が、それに続く言葉に空気が凍る。

「だがな、母さんももう40代後半だ。新婚気分でいるなよ親父」

ひとりだちをしてしまったふたりの息子には帰るべき家がある。
家族の家となる箱のなかには実質的には裕明と奈津子しかいないのだ。
そこで起きる問題をヤマトは何を思ったか喜びよりも以前に思いついたようだ。
次にヤマトの発した言葉に奈津子の顔は青くなり、裕明は焦り、タケルは笑った。

「だからぜってー避妊だけはしろ」

そうして口を閉ざしてしまったヤマトにかわり、太一がにやりとエロティックな笑みをうかべてこの経路を説明した。

「いやー、たまたま俺らふたりが揃ってオフの所におふたりから電話がきましてね、
そしたらヤマトがすっげー形相で薬局まで車とばしてくれって頼みましてね、特売のゴムをこんな買ってきたってわけですよ」

真っ白になった奈津子と裕明をよそに、目元に涙までうかべて笑っているタケルがひーひーいいながら紙袋のテープを切った。
中には「お買い得!三個パックで780円・うすうすくん」が嫌というほど入っていた。
一応裕明のことも考慮にいれたらしくて薄いゴムだった。
それをみた瞬間にタケルはいっそう大きな笑い声を響かせた。

「や…ヤマト…あの…な、俺だってそんな…」
「親父!今子供作っても母さんの体に負担かかるだけだろ!ヤるなとは言わないっせめてゴムつけろっ」

離婚して父方についていくと決めて、裕明とふたりぐらしをして一週間で父親の怠惰さに呆れた幼いころの苦い記憶は鮮明だ。
中学になってからは主婦との井戸端会議もこなせる力量を持っていたヤマトは、
買い置きがないかぎりはけして避妊具などつけないであろう裕明を想像したのだろう。
そして、高齢出産になってしまい、仕事にも支障がでてしまうであろう奈津子に気をつかったのだろう。
裕明とヤマトが生々しい口論を続けている隣でタケルの笑いがぴたりとやんだ。



「ねえ兄さん、これだけ3個パックの封切られて単品2つなんだけど…」



笑いながら紙袋のなかに入っていたゴムの個数を数えて、果たして何回持つのかなどとシモな事を考えていたタケルがみつけた2つだけ単品のコンドーム。
残りのひとつは何処へ行ったのか。
視線がヤマトへと集中した。

「あ…それは…」

先ほどまでの不機嫌で勢いのあったヤマトは何処へやら。
真っ赤になったり真っ青になったり、しどろもどろになりながらなにやらもごもごと言い訳をしているがそれは皆の耳には届かないほどの小声だ。
そんなヤマトにタケルはこれみよがしに溜息をついてわざと大きく言い放つ。

「なあんだ、兄さん自分たち用にひとつとったんだね」


裕明の目が鬼へと変わる。

「お前というやつは!親に注意しておきながら毎日太一くんとしているのか!」
「毎日なわけねーだろーがっ」
「いや、俺としては毎日ヤりたい気分なんですけど」

太一は黙ってろとヤマトは一喝するがそれ以上に裕明の顔に怒りが浮かぶ。
生々しい話についていけない奈津子は早々にリタイアしていた。
タケルは面白くなさそうにヤマトの痛い所をちくちくとついてきた。

「でも兄さん別にゴムいらなくない?」
「そうなんだよー、生のほうが全然気持ちいーしな」
「ふざけんな太一っ、外でいきなりすることになったらどーするんだっ」
「青姦なんかやるんじゃないっ、ヤマトっそこに正座しろっ」

喋るたびに墓穴を掘るヤマトに太一が笑い転げる。
その太一にも火の粉は降り注ぎ、裕明は太一にヤマトにどんな事をさせているかと執拗に問い詰める。
それを恥ずかしげもなくぺらぺら喋る太一に、久し振りに本気の拳をお見舞いしてヤマトはいたたまれなくなり立ち上がる。

「とにかくっ、ゴムはぜってーつけろよっ」

捨て台詞として再三の注意を裕明へとむけた。

「あ、キスマーク」

タケルの最後のいじわるに真っ赤になってヤマトは玄関の扉を乱暴にしめた。
拳がはいった頬を何処か幸せそうにさすりながら太一はその後を追う。
その前にきちんと義理の親と弟に挨拶をするのを忘れずに。





「ま、兄さんが幸せなら僕はいいし」

面白くはないけれども、兄弟よりも強く想う気持ちのなかでヤマトの幸せを一番に願ったタケルが裕明の怒りをおさめるかのようにいった。
体の関係が男と女のように生産的な事ではないけれども、それが愛を確認するものだという事は太一とヤマトに関しても同じことで。
そして、目の前にある避妊具がなによりもヤマトが自分達の再婚に同意してくれた証として。
裕明は怒りの矢を納めた。
ふたつだけ単品で転がった箱が今、幸せが訪れている事を知らせた。


2007/11/16


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