■ABC(1)


梅雨明けを迎えた空は青く遠く重く、彼らをおしつぶした。
今までの少し湿った空気が懐かしいくらいに、からからに晴れた空を恨めしそうに眺めるとヤマトは金の髪を掻き揚げた。

「あー…あちぃ…」
「石田は髪長いからなー」

あははと笑うクラスメイトだったが、正直長い髪がうざったくなってきた。
切ろうと一昨日も思って、はさみを取り出したのだが太一が泣いて嫌がるのだ。
もともとこの暑さでうだっている中で、あの太一が自分が髪を切ることでいじいじされるのはうっとおしくてしょうがない。
それならまだ髪が長いほうが許せる。そう思ったヤマトはそのまま伸ばしているのだが…。

「いー加減うざいんだよなぁ」

母親譲りの天然の金髪にさらりと指を通すとどこからか歓声があがった。
先ほど笑いあっていたクラスメイトも頬を朱にそめてヤマトをみつめている。
しかし、そこはヤマト。気付かず自分の髪をもてあそぶ。

「なー、そんな邪魔なら結んじゃえば?」

お調子者と言われている佐々木がヤマトにはいっと髪留め用のゴムを差し出す。
佐々木はヤマト同様、軽音楽部に所属してドラムをやっているため練習の時は大体髪を止めているのだという。
確かにそれは名案かもしれないとヤマトは礼をいい、ゴムをとった。

「けっこー難しいのな」

ヤマトは綺麗な顔立ちをしているが女というわけではないため、髪を結ぶなどという行為はした事がない。
した事がないのだから上手く結べるわけない。
そして、ヤマトの髪は中途半端な長さだったため、するすると指の間から落ちていってしまうのだ。
いつも冷静で感情をそうそう表にださないヤマトが髪の毛1つでわたわたしているのをみて、クラスメイトが可愛いと思ったとか思わないとか。
苦戦しているヤマトに佐々木が仕方ねえなと後ろにまわって器用に金髪を1つに束ねてくれた。

「お、涼しい」

丁度吹いてきた風がうなじにあたって嬉しそうにヤマトが言った。
その反応に満足した佐々木はそのゴムやるよといって笑った。

「しっかしキレ―な金髪だよなぁ」

佐々木は自分の手からするする落ちていく金髪にほうと息をのむ。
もともとヤマトはフランス人とのクウォーターだ。
ブリーチで染めたりした『手を加えた金髪』ではないため、日光にあてると透き通ってみえるほどだ。
それは白い肌と青い目を強調して、華奢で今にも消えてしまいそうな彼をますます綺麗にみさせた。
しかし、ヤマトがその中性的な外見にコンプレックスを持っているのは同じ男として分かることだったのであまり多くは語らない。
それでも、先日の生徒総会での彼のナース姿は全校生徒の男女とわずと魅了にしてしまったため、こうやって彼の周りは人で溢れていた。
話すまではクールで無口というイメージがあったヤマトだが、一言二言と交わしていくごとに全然そんなことはなく、今ではクラスの人気者になっていたのだ。
佐々木はよほどヤマトの髪が気に入ったのか繰り返し指を通していた。ヤマトも別にそこまで嫌と思わなかったらしく、好きにさせていたその時。

「ヤマト!」

スライド式の教室のドアが大きな音をたてて開いた。教室中がその音源へと目を向ける。
そこには本人をあらわすかのように四方八方にはねた元気な茶髪を持った少年が立っていた。
彼の腕にはいつもは額につけているゴーグルが巻かれていた。
いつもサッカー部に顔を出す時は礼儀としてとっているときいたことがあった。
おそらく昼休みにミーティングがあったのだろう。
そんなことをヤマトが考えていると今にも喧嘩をふっかけそうな太一がつかつかと自分の方へと向かってきた。
何を怒っているのかと拳を握った瞬間、先ほど佐々木が結んでくれたばかりの髪を無言でといた。

「おい、なにすんだよ」

やっと少し暑さから逃れられると思ったヤマトは怒りをあらわにして太一にくってかかった。
しかし、それとは対照的に満足そうに頷いた太一はヤマトの額にでこぴんを1つ贈る。
そして、至極真面目な顔をして耳もとで囁いた。

「うなじをだすな。襲われんぞ」

誰がだ!!と女扱いされたと思ったヤマトは綺麗な右ストレートを太一へと贈った。
それをもろに受けた太一は、さきほどの太一の形相に驚いていた佐々木たちの方へと見事に転がった。
風がふわりとヤマトの金髪を流した。その姿はどうしても人を惹きつける。
その魅力にヤマトはあまりに気付いてなさすぎる。
太一ははあと溜息をひとつつき、にやりと笑みを浮かべていつも通りの口調で、先ほどの憂いなど感じさせずにヤマトにまとわりつく。

「だってお前綺麗じゃん。いつか攫われるぞ〜」
「うざい、暑い、離れろ」

げんなりとしたヤマトは机に突っ伏して太一のへばりついてくる行為に耐えた。
涼しい青の目元を閉じて、太一の言葉を右から左へと聞き流す。
こいつは昔からこうなんだと自分に言い聞かせるように呟くと、まだうだうだ言っている太一にいいわけをするためにゆっくりと頭を上げた。
その刹那、風がヤマトの金を持ち上げ二人の間を通った。一瞬太一の動きが静かになる。
ヤマトが振り返るとそこにはどアップで太一の顔があり、太一は頬を赤に染め、ヤマトの対照的な瞳を見つめていた。
そのまま時がとまったかのように思えた。



「お、授業始まんぜ〜。八神、石田と離れたくないのは分かるがクラス帰れ」

始業を告げるチャイムが鳴る。
水をうったかのようにクラスメイトが席に着く音で、太一とヤマトの時も動き出した。
ぱっとヤマトから離れた太一はいつもの通り笑って廊下に出て行った。

「なんなんだ、あいつ…」

残されたヤマトは、太一のせいでとかれてしまった金を癖になってしまったかのようにかきあげた。










「あっぶねぇ…」

廊下にはしゃがみこんで頭をかかえてしまった太一が居た。
さきほどの始業を告げるチャイムでばたばたと前を通り過ぎていく生徒は、座り込んでいる太一などに目をくれず教室へと駆け込んでいくが、それを他人事のように彼は見送る。
頬は先ほどの熱を持ったまま、口に手をあててはあと大きく溜息をつく。

「まじアイツ無防備すぎ…」

先日ようやく自分の恋心を自覚し、親友であったヤマトと恋仲へとレベルアップした太一には、早くも悩みがある。
それは、恋を知ってしまった男子ならば誰もが経験することだった。
しかし、太一のように真っ直ぐで突っ走る性格の者の相手が、あまりに自分の事に鈍く色気を惜しげもなく振り撒いているヤマトであるから収集がつかない。
先ほどのヤマトも、髪を結ったことによってうなじに流れる汗やその肌の白さで、はたしてどれだけの相手がそれに食い入るようにみていたか太一は知っていた。
佐々木がまるで吸い寄せられるかのようにヤマトの髪をすきにしていたのも気に食わない。
どれだけ『ヤマトの彼氏は俺だ』と叫びたかったのを我慢したか。
それでもそれを抑えたのは、みんないい友人ではあるが、まさかこんな異常ともいえる関係を受け入れられるとは思っていないからだ。

「あーでもヤマトなら通じるかも…」

自分の恋人であるヤマトはそこらの女に負けない、いや、それ以上の色気と美貌を持ちえている。
外見に関してはいろいろとコンプレックスがあるらしいが、色気に関しては完璧に自覚していないヤマト。
クールだと騒がれがちだが、案外大雑把な性格と友達をなによりも大切にする優しさで付き合っていくほど深みにはまっていくいわば魔性の男だ。
ぶつぶつと一人廊下で呟く太一の上からぱこっといい音がした。
頭に軽い痛みを覚えて見上げると、そこには同い年の空の姿があった。

「なぁにしゃがみこんでんの。またヤマトと喧嘩でもした?」

武之内空は太一とヤマトと同様デジタルワールドに行った仲間だ。愛情の紋章の持ち主である空は、いつもこうやって太一やヤマトにきをくばってくれている。
もっとも、スカート姿など見たこともなかった太一にとって、制服を着ている彼女の姿はまるで別人のように映ったのだが、本質がかわったわけではないことをよく理解していた。

「してねぇよ。てか俺が落ち込むのはヤマト関係だけかよ」
「そォね、言われて見るとヤマトの事でしか太一は落ち込まないわね」

まるで茶化すかのように笑みを浮かべると、もうすぐ先生がくるわよとありがたい忠告をして図書室の方面へと向かっていった。
おそらく空のクラスは自習なのだろう。
空の軽い足取りとは対象的に、太一はようやく重い腰をあげ、自分のクラスへと戻っていった。










思い出せばあの日、上半身裸で青い空のした洗濯物を干していたヤマトをみた時に感じたいっぱいいっぱいな気持ちは、性欲だったのだろう。
日本人らしくない白い肌、金の髪、青い目、それはどれをとってもヤマトの美しさを際立たせ、自分の感情を高ぶらせるものである。
愛しいと思う気持ちがあるからなおさら体は素直に反応するし、触れたいという衝動に駆られる。
あの綺麗な顔が快楽に歪むところをこの手で作って、自分だけを見て欲しいと思うことはしばしばだ。
しかし、そんな事をしてしまえば開いたばかりの自分への恋心は激しい嫌悪へと変わってしまうのではないか。
太一はなけなしの理性を総動員して、ヤマトに手を出さないように自制していたのだった。

「ほら、次。八神読め」

ぼーっと窓の外を眺めていたら教師にあてられてしまった。
運の悪いことに怖いと評判の先生だったため、慌てて隣の席の生徒にページ数を聞き、先生が痺れをきらすまえに、けして上手いとはいえない英語を話し始めた。

「He loves her. So he say “I love you” for her.」

あぁ、男と女はなんて簡単なのだろう。好き、だから告白する。そしてキスしてセックスして…。
太一は中学生向けの拙い恋愛英語を口にしながらも、頭のなかはヤマトの白い肌しか思いだせなかった。



抑えられていた灰色の狂気は
じわじわと太一を蝕んでいく―――。


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2007/07/23


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