■15分後には僕らは。
大事なものを1つ得るたびになにかを捨てていかなくてはならない。
それは、自分が望まなくても歳を重ねるだけ増えていく。
社会的地位、外面、仕事、上司、部下。
幼いころのようになりふり構わずなにか1つに執着できる状況ではないのだ。
それは、嫌というほど自覚していた。
「けどなぁ」
太一は茶の髪をばりばりと掻くと、大きな溜息をついた。
左手には携帯、右手にはボールペン。そして、そのペンの先には名前と×印が並んでいた。
「この日まで捨てなきゃならねえのかな」
幼い頃の掛け替えのない体験の記念日。自分達がひとまわりもふたまわりも成長できた記念日。
数人予定のつかない者がいても、必ずそのメンバーで会うようにしていた日。
それは太一たちが小学生の頃にデジタルワールドに行って世界を救った日。
そして、太一たちがデジモンたちに救われた日―――。
あの頃なにかしら自分達は心にひっかかりを感じていた。
他人との意思の疎通、未来への不安や拒否、家族のあり方。
それをあの世界は変えてくれた。だからこそ、自分達が今ここにいることができる。
その日にメンバーが集まらないという事は、太一にとって大事件である。
それぞれ確かに歩む道は違っても、けして揺らぐことのない絆があると確認してきていたから。
何度目かの溜息をついた太一に、見かねたヤマトが声をかける。
「やっぱり無理だったか」
あの頃から伸ばした金の髪を翻し、太一の隣に腰掛けたヤマトは×印のついたメモ帳をみて顔をしかめた。
太一が溜息をつきたくなる気持ちは痛いほどわかる。
しかし、彼らにも彼らの道がある。現に自分も予定を合わせるのに苦労したからだ。
ヤマトは持ち前の音楽的感性とセンスで作詞、作曲者をしている。
基本自宅ワークなのだが、自分自身がボーカルを勤めるバンドを持っているため、スケジューリングはきゅうきゅうだ。
最近では大手の歌手からも声をかけられ、仕事は山と溜まっている。
太一は大手スポーツメーカーの企画開発チームで、高校時代までの経験をいかしてヒット商品を多く生み出している。
それに加えて少年サッカークラブのコーチも務めているのだから、彼だって家にいる時間の方があきらか少ない。
それでもこの日だけはと、沢山の人に無理を言って休みをとったのだ。
「みんな頑張ってくれよー!」
歌手のミミはその日ははずせない収録。光子郎はそのミミのマネージャー業務。
空はその日までに完成させなくてはいけないデザイン画が煮詰まっている。
ヒカリは緊急の保育士の派遣。丈は今危ない状態の患者のヤマ。
タケルは小説があがらないと嘆いていた。
太一は子供のように頬を膨らませて、ヤマトの膝に頭を乗せる。
いつもなら拳をとばすヤマトも、太一のやるせない気持ちがわかるからなのか、その茶の髪に指を通す。
太一の茶の瞳が天井を泳いでいるのをみて、ヤマトは自分の携帯からそれぞれにあてたメールを送ってみた。
返事についてはわかっているが、最後の望みをかけて今までとは少し違った文を最後にこっそりと忍び込ませて。
「なんでヤマトとだったんだろう」
一通りのメールを送り終えたヤマトの膝で太一が細く呟いた。
ケータイを閉じると先ほどと同じように、慰めるかのように太一の頭を撫でながらヤマトは何が?と問う。
「あの時、手を繋いでアグモンたちを究極体にしたの」
他のデジモンが究極体になれないわけではない。
太一を基準にして考えても相手はだれでもなりえたはずだ。
それがなぜヤマトだったのか。
太一はあの時、思わずにはいられなかった胸の奥に仕舞い込んだ感情を吐き出した。
「これが運命なんだな」
お互いがお互いのための存在して、
あの時、幼い頭で太一はヤマトとの永遠に続く仲を確信していた。
その時は友情という形でだと思っていたが、実際は愛として。
自覚がなかっただけでお互いがお互いを意識していた二人だったから。
「俺さ、デジモンたちがお前とくっつけてくれたんだなって思うんだ」
先ほどのしおらしさは何処へやら、
ヤマトの膝に頬をくっつけて「白いー柔らかいー」などとセクハラしている太一は「だから…」と言葉をつむぐ。
「だから、8月1日は余計に大事」
太一はいい意味でなにも変わっていない。
時々首をもたげるヤマトのマイナスな面を被い隠してしまう大きなものを持っている。
ヤマトは仕方ないで諦めてしまうことも、太一はどうにかしようと努力する。
それでもけして我が儘であったり自己中心的であるわけではないから。
「だから一緒にいれるんだな」
ヤマトの細い腰に腕を伸ばしている太一にその呟きは届かなかった。
時計の針が0時を指した。
2007/08/01