■甘口辛口
7月7日から2日後。
石田家のリビングには不細工に顔を膨らませた人物がひとり。
「だーかーら、悪かったって」
その人物の機嫌を取るようにヤマトは必死で謝罪を繰り返す。
しかし、繰り返せば繰り返す分だけ彼の顔は膨らんでいくばかり。
次第に謝罪の言葉も投げやりに変化していく。
「いい加減にしろ!太一!」
事の発端はキッチンにある鍋の中身。
2日前に作られたそれは弟のタケルへとふるまわれたもの。
ヤマトが料理上手な事もタケルを溺愛している事も知っている太一にとって、それはさして大きな問題ではなかった。
はずなのだが。
「だってお前、前日俺には残り物の炒飯出したじゃねーか」
タケルへは一日かけて激辛カレーを。
自分には冷蔵庫の掃除ついでの残飯炒飯を。
待遇の違いに憤ったのだろう。
はあ、と深い溜息を吐いたヤマトは未だに膨れている太一に背を向けて鍋を向きあう。
コンロに火を点けると冷蔵庫の中から黄色い甘い粒を取り出して、鍋の中へ放った。
ついでに昼に食べた半分の林檎と黄金色の蜜を加えて中身を混ぜる。
炊飯器の底にかたまっていた白米をレンジで温めて、その上に鍋の中身をかけて、卵をひとつ落とせば。
「ほら、残り物だけど『お前のために』甘くしたカレーだ」
辛いものが苦手な太一へ、ヤマトからの精一杯の謝罪をこめて。
自分の目の前に置かれた甘口のそれに太一はしまりのない表情で笑う。
「ヤマト大好き」
カレーよりも
その中のコーンや蜂蜜、林檎よりも
甘い時間が二人の間に漂った。
2009/07/08