■言葉よりも確かに


「あーあ…」

もう何度目かになる溜息をついた。
広い部屋のなか、その理由を聞くものはいない。
太一はふかふかのソファの上で寝そべる。
このソファは座る時の感覚が好きだと言って節約家である同居人が大枚はたいて買ったものだ。
仕事の関係であまり家に居ない彼は帰ってくると真っ先にこのソファに体を埋める。
だからだろうか。
微かに、恋しい香りがした。

「全国ツアーって、長いなー…」

同居人である相手の職業は音楽家。
初めは作詞や作曲で名をはせていたはずなのに、いつの間にか趣味で作ったバンドまで売れてしまっていた。
それに比べて太一はといえば企業の会社員。
持ち前のリーダー性で若い癖に管理職にはついてはいるが、同居人に比べればまだまだ世界には名前が知られていない。

「早く帰ってこないかなー…ヤマト…」

幼い頃から隣に居た彼は、25歳になった今でも隣に居た。<>br 孤独な魂に、隣にいることを許されたのだ。
それは親友としてではなくて、恋人として。
望んだものは手に入ったはずだ。
それでも不安になるのは、それ以上を求めるのは人間の性なのだろう。

「もう俺ヤマト不足だよ…」

くたびれたYシャツのボタンを2つまで開けた刹那、目の前が真っ暗になる。
肌に触れた感覚で先ほど放り投げたスーツの上着だと知る。
暗い闇の向こう側、柔らかな声が聞こえた。

「じゃあ充分に補充しろ」

幼い頃から聞きなれたその色に、太一は先ほどとはうって変わったように跳ね起きる。
目の上に被せられたスーツを取り除けば光る金。

「ただいま、太一」
「ヤマト…!」

穏やかな笑みを向けられれば太一の心臓は飽きることなく音を鳴らす。
体を巡る血が沸き上がる感覚がした。
ソファに残る香りなんかではなくて、彼自身を抱きたくて太一は手を伸ばす。

「おかえり、ヤマト…」
「俺だけ夜行に乗って帰ってきた」

少ない言葉の裏に、彼が自分に会いたくて足を伸ばしたことを知る。
少しだけ疲れを示す顔色に遠慮がちに指を這わす。
ヤマトは先を促すように身を乗り出してきっかけの口付けを与える。
合わさる唇に、確かにそこにある細い体に。
言葉よりも強く、愛を教えられた。
10年以上前からなにひとつ変わらないそれに、太一は歓喜に震えた。


2009/01/30


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