■青空と世界と目玉焼きを


『各国の首相が集まって行われる国際サミットは今朝…』

朝のニュースを伝える男性は淡々と事実だけを告げる。
嬉しい事も、悲しい事も、重要な事も変わらない抑揚で世界へ発信する。
そんな声は聞きあきた、と太一はテレビの電源を落とす。

「おい太一、お前テレビ消すなよ」

突然聞こえなくなったテレビの音に、台所から憤慨する声が響く。
アルトに近いテノールを響かせたヤマトは朝ご飯の目玉焼きを太一の前に置く。

「だってさー、ニュースじゃわかんねーもん…」

これがどれだけ重要な事か。
新聞を開いたがそこに載っているのも先程のニュースと同じようなただの事実を連ねただけの記事に太一は溜息を吐いた。

「んなの当たり前だろ…」

外交員をしている太一だから分かる。
表向きはただの世界平和の為の会議と銘打ってあるが、真実はそうではない事を。
各国の首相が集まるこのサミットはデジタルワールドという並行世界の存在を認め
その世界と共存を図るか、これから永久的に隔絶して生きていくかを決める為に開かれたものだと。
つまり、このサミットの結果次第で幼い頃の記憶と現実が繋がるという真実を。
向こう側に居るパートナーと再び出会えるかもしれない奇跡を。

「まー、なんか実感沸かないけどな…」

同じように新聞の記事を読んで溜息を吐いたヤマトは醤油とマヨネーズを食卓に置いた。
ヤマトの言葉に何も返さないで、太一は醤油に手を伸ばす。
自分の前に置かれた目玉焼きに、幼い日が蘇る。

「俺さ、あの時目玉焼きにマヨネーズってどんな趣味だよって思った」

言わなかったけど。
太一の言葉にヤマトは口元に孤を描いて強く返す。

「俺は、目玉焼きに醤油ってありきたり過ぎるだろって思ったぜ」
「なんだよ!ありきたりの何処が悪いんだよ!」

太一は机を叩いてヤマトを向く。
しかし、それ以上は動けなかった。
太一の瞳に映ったヤマトは、優しく微笑んでいた。

「なぁ太一、俺達には待つ事しか出来ないけどさ」

それでも。
例え、どんな結果になったとしても。

「あいつらはちゃんと居るんだから」

二度と会う事が出来なくても。
それでも彼らは存在している。
遠い空の向こう側で。

「ん…そうだな…」

あの日から数えて15回目の8月1日。
もうみんな社会人になってしまって、会う事は出来なくなってしまっているけれど。
それでも繋がった心はあの日のまま。


あの時と同じように目玉焼きには醤油をかけた太一は
同じようにマヨネーズをかけたヤマトを笑う。

今日も空は青い。


2010/08/01


design by croix