■黒の鏡
八神太一にとっての正月の味は、石田家のものだった。
生まれてから早18年、自らを育ててくれた母親よりも幼馴染みの作る料理の方が舌に馴れていた。
それは、彼らの関係が親友というだけでなかったからだろうか。
それとも、太一があまりに石田家に入り浸っていたからだろうか。
幼い頃に両親が離婚したため、自ら台所に立つことを選んだ石田ヤマトは今年も仕事で帰れない父親のために正月の準備を進めていた。
特に祝うこともないのだが、やはりおせち料理と雑煮くらいは作っておく。
毎年恒例の事だ。
それは、父親のためだけじゃなくておそらく。
「なーヤマトー…まだかかるのかよー」
「黒豆だしな。辛抱強く待たなきゃ」
昨年と同じ失敗はしないぜ。と続けるヤマトに炬燵に丸まっていた太一は舌打ちをする。
去年は黒豆を煮込んでいる間に太一から悪戯を仕掛けられそれに乗っかってしまった。
結果、満足のいく料理が作れずに新年早々へこんだのは記憶に新しい。
隙をみては手を出そうとする太一を綺麗に跳ねのけて、ヤマトは鍋から離れない。
「あーあ…今年も年越しエッチしたかったなー…」
「お前が押し切ったんだろ…」
本当に残念そうに溜息を吐いた太一は、ブラウン管へと視線を逸らす。
すでに紅白は白の勝ちが決まっていた。
遠くの方で、煩悩を消すための鐘が鳴ったのが聞こえた。
「…今年も、ありがとうヤマト」
幸せそうに笑う太一に、少しヤマトの心は揺れる。
くい、と指でこちらに来るように促す。
従順に炬燵から這い出て鍋の前にきた太一に、出来上がり間近の黒豆を放りこんで自らの唇で塞ぐ。
時計の針が12を射す。
黒く光る豆に映ったふたりの影は、そのまま絡み合って消えた。
2009/01/01